U・E ~URASHIMA-Effect~ (お笑い/
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― おかしい・・・・
アルベルトは盛大に首を捻った。
ここはギルモア邸のリビング。居合わたのはアルベルトとピュンマ。いつもの2人だったら和やかに談笑・・・といったところだろうが、今は時計が刻む秒針の音さえ耳障りな静寂に包まれていた。アルベルトが新聞を読みながら、窓際のソファーに座る彼をそっと盗み見ると、ピュンマは、両膝に肘を乗せ、少し前かがみの姿勢のまま微動だにしない。否、組まれた両手の人差し指は長い長い思考をまとめるかのように、ゆっくりとした拍子でリズムを刻み続けていた。
― らしくない。
アルベルトが、今のピュンマを「らしくない」と思ったのは、昨日からの彼の行動全般を総称してのことである。
彼が何の連絡も入れずに突然ギルモア邸に現われたのが昨日の夕方。急な彼の訪問は、しかし、在日のメンバーを大いに喜ばせた。だが、それもつかの間、彼の放つ異様な雰囲気は「喜び」を瞬く間に「心配」へ変えてしまったのである。勿論、「考えごとをする彼」は何ら珍しいものではない。が、周りがあれこれと話し掛けても、心ここにあらず、おざなりに返事をする彼はあまりにも「らしく」無いのである。
― 思いつめほどの悩みがあるのか、あるいは「奴ら」がまた・・・
彼がこれほどまで自分を追い込むように思案するのはよほどのことだ。しかも、ここに個人的な悩みを持ち込むような男ではない。とすれば、ピュンマは自国で暗躍するブラックゴーストの活動を捉えたか、或いはその兆候を掴んだのではないだろうか、昨今のアフリカの状況を考えれば十分にあり得ることだ。しかし、これは飽くまでも彼の「仮説」にすぎず、案外本人に確認すれば、胃が痛いとか、借りた金が返せないとか、他愛の無い悩みである可能性だって十分にあるし、寧ろその可能性のほうが高いに違いない。だが、ことがブラックゴーストに関わる可能性がある限り、「事情」を確認しておくなくてはならないだろう。
彼は意を決して新聞を脇に置いた。
「なぁ、ピュンマ・・・」
「・・・・・・」
「ピュンマ!」
先ほどよりも大きな声で呼ぶと、彼はゆるゆると顔をあげた。
「アル、ベルト・・・。居たのかい?」間の抜けた返事。
「居たのかい?はずいぶんな言い草だな。さっきからずっとオマエの前に座っていたぞ」少し苛立った口調で応じる。
「すまない・・・。考えごとをしていたから」
「それは見ればわかる。だがな、心配してるぞ」
「心配?だれが?」
「全員、だ。特にフランソワーズときたら、『具合が悪いんじゃないか』って気を揉んでいる」
「みんなが?」意外だといわんばかりの声色。
「そうだ。オマエがずっとそうやっているものだから。余程の悩みがあるのか、あるいはブラックゴーストの活動でも掴んだか・・・」
「?」
「奴らが動き出したんなら、それは1人で抱え込む問題じゃないことくらい、オマエならわかっているだろう」
アルベルトの口調は徐々に責めの色を帯び始める。
「奴ら? ブラックゴースト??」
「違うのか?」
「何でそうなるんだよーーー」ピュンマの口の端から笑いが漏れた。
「じゃあ。――・・・」
昨日からのあの態度はなんだ!オマエは一体何を考えているんだ?と一方的に捲くし立てそうになり、アルベルトは慌てて口をつぐんだ。喧嘩を始めるつもりは毛頭ない。ただ、仲間として彼を心配しているだけなのだから。
「変だと思うんだ・・・・」
アルベルトの苛立ちを解する様子もなく、ピュンマは彼に視線を向けた。黒く深い瞳が彼の一途さを雄弁に物語っている。彼の考えごとがブラックゴーストの活動で無いとしても、抱えている課題は、並大抵のものでないのは明らかだった。
「変・・・といきなり言われてもな」
アルベルトは苦笑する。今、変なのはオマエであって、それ以外に変だと思うことなど何一つ微塵も感じていない。と付け加えると、ピュンマはようやく、自分がこの屋敷で異質な存在になっていたことに気付いたらしく、顔を少し赤らめて、すまない、と謝した。
「さ、話してみてくれないか? オマエの疑問とやらを」
「変だというのは・・・・」
ピュンマの視線はテーブルの一点を見つめていた。
「僕ら・・・・ゼロゼロナンバーが作られたのは1964年7月(注:連載開始のことです)。それからすでに39年。僕らの外見は・・・書き手によって見栄えは色々代わった。だが、見かけの年齢はほとんど変わることは無かったろう?」
「は?」突然のフリにさすがのアルベルトも面食らう。「言ってる意味が良くわからんが」
「だから、僕らが生み出されて今年で39年。来年で40年だ」
「それが?」
「僕らの身体は機械だから、外見の年齢はそれほど変わらないってことさ」
「あ・・あぁ。設定年齢とやらは多少変わったがな」
「たしかに。だが、それとて40年の年月に比べれば誤差ともいえるような修正だ。そして、連載が開始された当時は、子供子供していた僕たちも、40年間で精神的には確実に成長をしてきた。身体は作り物だから成長しない、だが、精神は生身だから・・・」
ここでピュンマは視線を再びアルベルトに向け、「君だって、僕だってずいぶん成長した」と付け加えた。無言で同意するアルベルト。(平成版アルベルトは人間的に丸くなったような気すらします。<余談)
「だけど――」
ここで彼は一瞬言葉を飲んだ。これから先のことを口に出していいものかどうかを躊躇っているようだった。アルベルトは先を促すことをせず、彼の次の言葉をじっと待った。ピュンマはゆっくりと息を吐き出してから、言葉を続けた。
「僕から見ると、009・・・・ジョーは・・・成長しているように思えない」
窓から秋の匂いを含んだ風がふわりと流れ込み、アルベルトの髪を掠めていった。
「確かにな・・・・」
予想外のピュンマの指摘に、彼もそれ以上の言葉を発することが出来ず、腕組みをしたまま天井を仰いだ。
「確かにオマエの言う通り、ジョーには精神的な成長がみられない・・・といっては言い過ぎかもしれないが、とても40年歳を重ねたとは思えないガキっぽさが残るのは俺も感じていた。そして・・・・そういう意味では・・・・ジェットも同じ・・・そう思わないか?」
「ジェットも?!」
ジェットの名前を聞いて、ピュンマの思考がめぐるましく動き始めた。
確かに、ジョーだけではない。今世紀に入って放送された通称「平ゼロ」でのジェットときたら、若気の至り満載の言動で、それはそれで人気を博したのは事実だが、精神的成長の跡がまったくといって見られないのはジョーと同じだ。
言い替えれば、外見と同じくらいの精神年齢を、今も尚、保ち続けている。
まるで、そう。彼ら2人の周りだけ時間が止まってしまったかのように・・・・。
時間が止まる・・・いや、止まるとまで言わなくっても、彼らの時間がイワンのようにゆっくり進んでいると考えたら・・・・・?
彼ら2人だけ、彼ら・・・彼ら!
そうか!!!
弾かれたようにピュンマが立ち上がる。
「そうか・・・そうだったんだ! ありがとうアルベルト!!」
「まて・・・お前1人だけで納得するな」
刺す様にピュンマを見つめると、ピン、と空気が張り詰める。
あぁそうだった、すまない。と彼はソファーに座りなおした。
「ジェットと聞いて2人の共通点を思い出したんだ」
「共通点?」
「そう、つまり、2人とも加速装置を持っている」
「加速装置と成長しないことと、関係があるというのか?」
「あぁ、大有りだね。これはまさにウラシマ効果そのものだよ」
「ウラシマ? 日本のおとぎばなし浦島太郎のことか?」
「そう。たった数週間竜宮城に行っていたのに、帰ってきたら驚くほどの年月が流れていたという、あの話さ」
「日本の昔話だろう?」
「浦島太郎自体はね。しかし、理論的には浦島物語を成立させることができるんだ。
つまり、時間は皆に等しく流れないということ」
「ちょっと、待て。『時間が等しく流れない』って、まさかオマエさんはジョーやジェットの時間が俺たちの時間よりゆっくり進んでいるとでも言いたいのか?・・・・・まるでイワンのように」
「察しがいいね。さすがだ」ピュンマの口角が上がる。
「いや、主旨は飲み込めたが、どうしてそうなるのかがわからん。詳しく説明してくれないか?」
ピュンマは静かに頷いた。
「ウラシマ効果というのはね・・・・・
例えばロケットで限りなく光に近いスピード、亜光速で移動することを考えて欲しい。
そのときロケットの中に居る人の時間の流れに変化が出るんだよ。
ロケットが速く動けば動くほど、中の人の時間は、地球上の人に比べてゆっくり進むんだ。これはアインシュタインの特殊相対性理論で証明されている。
映画でも、そういう話は幾つか出てくるよ。
例えば、SF映画「猿の惑星」では光速に近いロケットで数年過ごしている間に、
地球では1000年以上が経過しているという話があるんだ。
計算によればその時のロケットの速度は光速の99.99%以上だったとはじき出されている。
また、実験的にもすでに立証されている話でね、人工衛星に時計をのせ、地上の時計と比較したところ、人工衛星の時計の進みが遅くなっていたというんだ」
ここまでピュンマは一気にまくし立てた。
「で、それがジョーとジェットの・・」
「加速装置さ。加速装置で高速移動を繰り返す。その間、彼らの周りの時間はゆっくり進む。結果、僕たちより時間の進みが遅くなったんじゃないかって・・・・。そう考えるとつじつまがあるだろう」
「・・・・そうかぁ?」
アルベルトは、話の難解さに既に振り落とされようとしているが、それでも、そう簡単につじつまがあるとも思えず、腕を組んだまま動かなくなった。
「まって、計算してみるから」
ピュンマは紙と鉛筆を取り、
なめらかに数式を書きはじめた。
t=√{(1-(v/c) }×T
t:加速しているジョーの時間
v:ジョーの移動スピード
c:光の速さ
T:止まっている人の時間
「例えば、さっきの『猿の惑星』の話を計算してみるよ。この場合、vはロケットのスピードになるから・・・」とさらさら計算をしてみせる。
「vは光速(c)の99.99%のスピード・・・だから、0.9999c、だよね。
Tは地球での経過していた時間1000年。
これを計算すると・・・・」
t=√{(1-(0.9999c/c) ^ )*1000}
=√{1-(0.9999) ^ }*1000
=√(1-0.9999*0.9999)*1000
=14.14
「答えは14.14だな」アルベルトが電卓を覗き込む。
「そう。約14だ」
ピュンマは彼の方をみる。
「つまり、”止まっている”地球で1000年時間がすぎたのに、”動いている”ロケットでは14年しか時間が過ぎていないという計算になったんだ」
「なるほど・・・・」アルベルトが改めて計算式を覗き込む。
「じゃあ、いよいよジョーの計算だよ。
vはジョーの加速スピード。マッハ5だから音速の5倍。
音速は331.45m/s(空気中)なので、これに5をかけて1657.25m/s
「アイツ1秒間に1.6kmも動いてるんだ・・・。マラソンならたった26秒で終わるんだな・・・」
アルベルトが妙なことに感心する。
「話の腰を折らないでくれよ。いい?ちゃんとついてきてね。
ジョーのスピード(v)は 1657.25m/s
一方 光のスピード(c)は 299 792 456m/s 簡単のために丸めちゃおう。300 000 000、・・・つまり3.0E+8m/s。数字の大きさを実感するなら一秒間に3億メートルの速さ、といえばいいかな」
「さすがに速い」ううっとアルベルトが唸る。
「そして、T これは連載開始から今までの時間、39年だけど、面倒だから40年」
「数値は全部揃ったな。で、俺たちの40年が奴らにとって何年だったのか・・・・」
「うん。でも最近の言動から考えると、計算結果は3から4・・・つまり、3年から4年位の時間しか過ぎてないんじゃないかと思うよ」
「実年齢にして21歳から22歳。あり得るな」
「さぁ、計算するよ。(興味のある方、一緒に電卓を叩いてみてください)
(ジョーの時間)=√{1-(1657.25/300000000) ^ }×40
まず、v/c ・・・えぇ・・・と・・・1657.25÷3000000000=0.000005524 (5.5524E-6)
そして、それの2乗だから・・・・・0.000005524×0.000005524=・・・・0.00000000003052 (3.052E-11)
だから、さっきの式に代入して・・・・・
(ジョーの時間)=√(1-0.00000000003052)×40」
「あぁっっっ(怒)!!! 0が多くてウザイ!!!!!」
いらつきを隠し切れないアルベルト。でもそれは作者も読者様も同じなのである。ごめんなさい。
「がまんして、あと少しだから・・・・・・・・・・・・アレッ?」
アレッ・・・ってアナタ・・・。
― 答え一発♪
【結論】
連載開始から流れたジョーの時間(加速状態) ―――
「どういうことだ?」
「いや、まってよ・・・おっかしいなぁ・・・・」
鉛筆を持つ手で頭を掻きながら、慌てて電卓を叩きなおすピュンマ。しかし、何度計算してもマッハ5で加速し続けたジョーの時間は止まっていた彼らの時間とほとんど変わらない。
そりゃそうなのである。この文章の先頭に、「限りなく光に近い速度」と書いたはずで、ジョーの加速装置なんていうのは、光に比べれば「止まっているに等しい」ものなのだ。付け加えるならば、先に挙げた例、人工衛星よりも遥かにゆっくり進んでいるのだ。
「おい・・・仮説に無理があったんじゃないか?」
「いや、もしかしたら、ジョーの加速装置は僕らが思っているよりも遥かに速いのかもしれない」
「オイオイ・・・」
「きっとそうさ、でなければ、あの天然は説明がつかないよ。さっきの式を逆算してジョーの加速スピードを計算してみるよ。つまり、僕らの40年がジョーの4年だとして・・・・」
「勝手にしろ!」
あとがき
数多あるゼロナイサイトでも、ここまで屁理屈をこねるSS書きは居ないでしょう。 ある意味、自信作です。<決して作品の質に自信を持ってるわけでなく
ピュンマをコメディーで使う。
彼に夢しか見ていない管理人には、至難の業でした。
天然にしてはだめだ、ましてやバ○っぽくなっては論外。
コメディーであっても彼は知的でなくてはならないのです。
そして、行き着いたピュンマ壊しのパターンは、
持論の深みにズブズブはまっていくピュンマ
こんなのを快く引き取ってくださった塩蔵さま、本当にありがとうございました。
4と8
ピュンマが平ゼロ天然ジョーを緻密に解析する。
ゼロナイサイト類を見ないほどの屁理屈SS。
数字アレルギーの方、ご注意ください。
ピュンマが平ゼロ天然ジョーを緻密に解析する。
ゼロナイサイト類を見ないほどの屁理屈SS。
数字アレルギーの方、ご注意ください。
― おかしい・・・・
アルベルトは盛大に首を捻った。
ここはギルモア邸のリビング。居合わたのはアルベルトとピュンマ。いつもの2人だったら和やかに談笑・・・といったところだろうが、今は時計が刻む秒針の音さえ耳障りな静寂に包まれていた。アルベルトが新聞を読みながら、窓際のソファーに座る彼をそっと盗み見ると、ピュンマは、両膝に肘を乗せ、少し前かがみの姿勢のまま微動だにしない。否、組まれた両手の人差し指は長い長い思考をまとめるかのように、ゆっくりとした拍子でリズムを刻み続けていた。
― らしくない。
アルベルトが、今のピュンマを「らしくない」と思ったのは、昨日からの彼の行動全般を総称してのことである。
彼が何の連絡も入れずに突然ギルモア邸に現われたのが昨日の夕方。急な彼の訪問は、しかし、在日のメンバーを大いに喜ばせた。だが、それもつかの間、彼の放つ異様な雰囲気は「喜び」を瞬く間に「心配」へ変えてしまったのである。勿論、「考えごとをする彼」は何ら珍しいものではない。が、周りがあれこれと話し掛けても、心ここにあらず、おざなりに返事をする彼はあまりにも「らしく」無いのである。
― 思いつめほどの悩みがあるのか、あるいは「奴ら」がまた・・・
彼がこれほどまで自分を追い込むように思案するのはよほどのことだ。しかも、ここに個人的な悩みを持ち込むような男ではない。とすれば、ピュンマは自国で暗躍するブラックゴーストの活動を捉えたか、或いはその兆候を掴んだのではないだろうか、昨今のアフリカの状況を考えれば十分にあり得ることだ。しかし、これは飽くまでも彼の「仮説」にすぎず、案外本人に確認すれば、胃が痛いとか、借りた金が返せないとか、他愛の無い悩みである可能性だって十分にあるし、寧ろその可能性のほうが高いに違いない。だが、ことがブラックゴーストに関わる可能性がある限り、「事情」を確認しておくなくてはならないだろう。
彼は意を決して新聞を脇に置いた。
「なぁ、ピュンマ・・・」
「・・・・・・」
「ピュンマ!」
先ほどよりも大きな声で呼ぶと、彼はゆるゆると顔をあげた。
「アル、ベルト・・・。居たのかい?」間の抜けた返事。
「居たのかい?はずいぶんな言い草だな。さっきからずっとオマエの前に座っていたぞ」少し苛立った口調で応じる。
「すまない・・・。考えごとをしていたから」
「それは見ればわかる。だがな、心配してるぞ」
「心配?だれが?」
「全員、だ。特にフランソワーズときたら、『具合が悪いんじゃないか』って気を揉んでいる」
「みんなが?」意外だといわんばかりの声色。
「そうだ。オマエがずっとそうやっているものだから。余程の悩みがあるのか、あるいはブラックゴーストの活動でも掴んだか・・・」
「?」
「奴らが動き出したんなら、それは1人で抱え込む問題じゃないことくらい、オマエならわかっているだろう」
アルベルトの口調は徐々に責めの色を帯び始める。
「奴ら? ブラックゴースト??」
「違うのか?」
「何でそうなるんだよーーー」ピュンマの口の端から笑いが漏れた。
「じゃあ。――・・・」
昨日からのあの態度はなんだ!オマエは一体何を考えているんだ?と一方的に捲くし立てそうになり、アルベルトは慌てて口をつぐんだ。喧嘩を始めるつもりは毛頭ない。ただ、仲間として彼を心配しているだけなのだから。
「変だと思うんだ・・・・」
アルベルトの苛立ちを解する様子もなく、ピュンマは彼に視線を向けた。黒く深い瞳が彼の一途さを雄弁に物語っている。彼の考えごとがブラックゴーストの活動で無いとしても、抱えている課題は、並大抵のものでないのは明らかだった。
「変・・・といきなり言われてもな」
アルベルトは苦笑する。今、変なのはオマエであって、それ以外に変だと思うことなど何一つ微塵も感じていない。と付け加えると、ピュンマはようやく、自分がこの屋敷で異質な存在になっていたことに気付いたらしく、顔を少し赤らめて、すまない、と謝した。
「さ、話してみてくれないか? オマエの疑問とやらを」
「変だというのは・・・・」
ピュンマの視線はテーブルの一点を見つめていた。
「僕ら・・・・ゼロゼロナンバーが作られたのは1964年7月(注:連載開始のことです)。それからすでに39年。僕らの外見は・・・書き手によって見栄えは色々代わった。だが、見かけの年齢はほとんど変わることは無かったろう?」
「は?」突然のフリにさすがのアルベルトも面食らう。「言ってる意味が良くわからんが」
「だから、僕らが生み出されて今年で39年。来年で40年だ」
「それが?」
「僕らの身体は機械だから、外見の年齢はそれほど変わらないってことさ」
「あ・・あぁ。設定年齢とやらは多少変わったがな」
「たしかに。だが、それとて40年の年月に比べれば誤差ともいえるような修正だ。そして、連載が開始された当時は、子供子供していた僕たちも、40年間で精神的には確実に成長をしてきた。身体は作り物だから成長しない、だが、精神は生身だから・・・」
ここでピュンマは視線を再びアルベルトに向け、「君だって、僕だってずいぶん成長した」と付け加えた。無言で同意するアルベルト。(平成版アルベルトは人間的に丸くなったような気すらします。<余談)
「だけど――」
ここで彼は一瞬言葉を飲んだ。これから先のことを口に出していいものかどうかを躊躇っているようだった。アルベルトは先を促すことをせず、彼の次の言葉をじっと待った。ピュンマはゆっくりと息を吐き出してから、言葉を続けた。
「僕から見ると、009・・・・ジョーは・・・成長しているように思えない」
窓から秋の匂いを含んだ風がふわりと流れ込み、アルベルトの髪を掠めていった。
「確かにな・・・・」
予想外のピュンマの指摘に、彼もそれ以上の言葉を発することが出来ず、腕組みをしたまま天井を仰いだ。
「確かにオマエの言う通り、ジョーには精神的な成長がみられない・・・といっては言い過ぎかもしれないが、とても40年歳を重ねたとは思えないガキっぽさが残るのは俺も感じていた。そして・・・・そういう意味では・・・・ジェットも同じ・・・そう思わないか?」
「ジェットも?!」
ジェットの名前を聞いて、ピュンマの思考がめぐるましく動き始めた。
確かに、ジョーだけではない。今世紀に入って放送された通称「平ゼロ」でのジェットときたら、若気の至り満載の言動で、それはそれで人気を博したのは事実だが、精神的成長の跡がまったくといって見られないのはジョーと同じだ。
言い替えれば、外見と同じくらいの精神年齢を、今も尚、保ち続けている。
まるで、そう。彼ら2人の周りだけ時間が止まってしまったかのように・・・・。
時間が止まる・・・いや、止まるとまで言わなくっても、彼らの時間がイワンのようにゆっくり進んでいると考えたら・・・・・?
彼ら2人だけ、彼ら・・・彼ら!
そうか!!!
弾かれたようにピュンマが立ち上がる。
「そうか・・・そうだったんだ! ありがとうアルベルト!!」
「まて・・・お前1人だけで納得するな」
刺す様にピュンマを見つめると、ピン、と空気が張り詰める。
あぁそうだった、すまない。と彼はソファーに座りなおした。
「ジェットと聞いて2人の共通点を思い出したんだ」
「共通点?」
「そう、つまり、2人とも加速装置を持っている」
「加速装置と成長しないことと、関係があるというのか?」
「あぁ、大有りだね。これはまさにウラシマ効果そのものだよ」
「ウラシマ? 日本のおとぎばなし浦島太郎のことか?」
「そう。たった数週間竜宮城に行っていたのに、帰ってきたら驚くほどの年月が流れていたという、あの話さ」
「日本の昔話だろう?」
「浦島太郎自体はね。しかし、理論的には浦島物語を成立させることができるんだ。
つまり、時間は皆に等しく流れないということ」
「ちょっと、待て。『時間が等しく流れない』って、まさかオマエさんはジョーやジェットの時間が俺たちの時間よりゆっくり進んでいるとでも言いたいのか?・・・・・まるでイワンのように」
「察しがいいね。さすがだ」ピュンマの口角が上がる。
「いや、主旨は飲み込めたが、どうしてそうなるのかがわからん。詳しく説明してくれないか?」
ピュンマは静かに頷いた。
「ウラシマ効果というのはね・・・・・
例えばロケットで限りなく光に近いスピード、亜光速で移動することを考えて欲しい。
そのときロケットの中に居る人の時間の流れに変化が出るんだよ。
ロケットが速く動けば動くほど、中の人の時間は、地球上の人に比べてゆっくり進むんだ。これはアインシュタインの特殊相対性理論で証明されている。
映画でも、そういう話は幾つか出てくるよ。
例えば、SF映画「猿の惑星」では光速に近いロケットで数年過ごしている間に、
地球では1000年以上が経過しているという話があるんだ。
計算によればその時のロケットの速度は光速の99.99%以上だったとはじき出されている。
また、実験的にもすでに立証されている話でね、人工衛星に時計をのせ、地上の時計と比較したところ、人工衛星の時計の進みが遅くなっていたというんだ」
ここまでピュンマは一気にまくし立てた。
「で、それがジョーとジェットの・・」
「加速装置さ。加速装置で高速移動を繰り返す。その間、彼らの周りの時間はゆっくり進む。結果、僕たちより時間の進みが遅くなったんじゃないかって・・・・。そう考えるとつじつまがあるだろう」
「・・・・そうかぁ?」
アルベルトは、話の難解さに既に振り落とされようとしているが、それでも、そう簡単につじつまがあるとも思えず、腕を組んだまま動かなくなった。
「まって、計算してみるから」
ピュンマは紙と鉛筆を取り、
なめらかに数式を書きはじめた。
t=√{(1-(v/c)
t:加速しているジョーの時間
v:ジョーの移動スピード
c:光の速さ
T:止まっている人の時間
「例えば、さっきの『猿の惑星』の話を計算してみるよ。この場合、vはロケットのスピードになるから・・・」とさらさら計算をしてみせる。
「vは光速(c)の99.99%のスピード・・・だから、0.9999c、だよね。
Tは地球での経過していた時間1000年。
これを計算すると・・・・」
t=√{(1-(0.9999c/c)
=√{1-(0.9999)
=√(1-0.9999*0.9999)*1000
=14.14
「答えは14.14だな」アルベルトが電卓を覗き込む。
「そう。約14だ」
ピュンマは彼の方をみる。
「つまり、”止まっている”地球で1000年時間がすぎたのに、”動いている”ロケットでは14年しか時間が過ぎていないという計算になったんだ」
「なるほど・・・・」アルベルトが改めて計算式を覗き込む。
「じゃあ、いよいよジョーの計算だよ。
vはジョーの加速スピード。マッハ5だから音速の5倍。
音速は331.45m/s(空気中)なので、これに5をかけて1657.25m/s
「アイツ1秒間に1.6kmも動いてるんだ・・・。マラソンならたった26秒で終わるんだな・・・」
アルベルトが妙なことに感心する。
「話の腰を折らないでくれよ。いい?ちゃんとついてきてね。
ジョーのスピード(v)は 1657.25m/s
一方 光のスピード(c)は 299 792 456m/s 簡単のために丸めちゃおう。300 000 000、・・・つまり3.0E+8m/s。数字の大きさを実感するなら一秒間に3億メートルの速さ、といえばいいかな」
「さすがに速い」ううっとアルベルトが唸る。
「そして、T これは連載開始から今までの時間、39年だけど、面倒だから40年」
「数値は全部揃ったな。で、俺たちの40年が奴らにとって何年だったのか・・・・」
「うん。でも最近の言動から考えると、計算結果は3から4・・・つまり、3年から4年位の時間しか過ぎてないんじゃないかと思うよ」
「実年齢にして21歳から22歳。あり得るな」
「さぁ、計算するよ。(興味のある方、一緒に電卓を叩いてみてください)
(ジョーの時間)=√{1-(1657.25/300000000)
まず、v/c ・・・えぇ・・・と・・・1657.25÷3000000000=0.000005524 (5.5524E-6)
そして、それの2乗だから・・・・・0.000005524×0.000005524=・・・・0.00000000003052 (3.052E-11)
だから、さっきの式に代入して・・・・・
(ジョーの時間)=√(1-0.00000000003052)×40」
「あぁっっっ(怒)!!! 0が多くてウザイ!!!!!」
いらつきを隠し切れないアルベルト。でもそれは作者も読者様も同じなのである。ごめんなさい。
「がまんして、あと少しだから・・・・・・・・・・・・アレッ?」
アレッ・・・ってアナタ・・・。
― 答え一発♪
・・・・・40・・・・・
あれっ?
【結論】
連載開始から流れたジョーの時間(加速状態) ―――
40年
―――みんなと同じです。
「どういうことだ?」
「いや、まってよ・・・おっかしいなぁ・・・・」
鉛筆を持つ手で頭を掻きながら、慌てて電卓を叩きなおすピュンマ。しかし、何度計算してもマッハ5で加速し続けたジョーの時間は止まっていた彼らの時間とほとんど変わらない。
そりゃそうなのである。この文章の先頭に、「限りなく光に近い速度」と書いたはずで、ジョーの加速装置なんていうのは、光に比べれば「止まっているに等しい」ものなのだ。付け加えるならば、先に挙げた例、人工衛星よりも遥かにゆっくり進んでいるのだ。
「おい・・・仮説に無理があったんじゃないか?」
「いや、もしかしたら、ジョーの加速装置は僕らが思っているよりも遥かに速いのかもしれない」
「オイオイ・・・」
「きっとそうさ、でなければ、あの天然は説明がつかないよ。さっきの式を逆算してジョーの加速スピードを計算してみるよ。つまり、僕らの40年がジョーの4年だとして・・・・」
「勝手にしろ!」
「わかった!マッハ90万だ!!!」
「燃えるぞ・・・・」
ちなみにマッハ90万は光の99%のスピードです。
あとがき
数多あるゼロナイサイトでも、ここまで屁理屈をこねるSS書きは居ないでしょう。 ある意味、自信作です。<決して作品の質に自信を持ってるわけでなく
ピュンマをコメディーで使う。
彼に夢しか見ていない管理人には、至難の業でした。
天然にしてはだめだ、ましてやバ○っぽくなっては論外。
コメディーであっても彼は知的でなくてはならないのです。
そして、行き着いたピュンマ壊しのパターンは、
持論の深みにズブズブはまっていくピュンマ
こんなのを快く引き取ってくださった塩蔵さま、本当にありがとうございました。
03年9月(塩蔵様宅へお嫁入り)
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