Drink little, that you may drink long. (お笑い/
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その日は冬にしては格別に暖かい日だった。
風に踊らされ荒れ狂っている海も姿を潜め、代わりに、遥か南方の暖かい風に 軽く後押しされた波が、大洋を伝って浜辺にたどり着き、静かに砂浜へと染み込んでいく。 強い風が吹き付ける林も、今日は時折ざわめく程度でしんと静まり返っている。
明るい日差しが降り注ぎ、まるで、一足早い春が来たような日だった。
そして、街の中心から山と林に遮られ、誰も来ないこの場所にコズミ邸はひっそりと建っていた。
広すぎる敷地に質素な日本家屋。
今日は縁側にも暖かい日差しが差し込んでいる。
陽気に誘われ、博士は久しぶりに囲碁を縁側に持ち出した。
碁の本を左手で開きながら、パチリ、パチリと石を置いていく。
パチリ
5手目の石を置いたところで、離れ ―といってもこの家に比べると数倍は大きい― である洋風の建物を見上げた。
その洋館は「彼ら」への刺客、クモ型サイボーグに一度は破壊されたが、「彼ら」が戻ってくる日のために わざわざ建てなおしたものだった。
(彼らは元気にしておるかのぉ)
コズミは明るい日差しに目を細めた。
「彼ら」・・・00ナンバーサイボーグがこの地を離れたのは、もう1年以上も前のことだった。
ブラックゴーストから脱走してきた彼らが身を寄せたのが、このコズミ邸。
しかし、裏切り者を許さないブラックゴーストが彼らを放置しておくことは無く、あらゆる手を使って居場所を突き止めたのちは、次々と刺客が送り込まれた。
住居が破壊され、コズミ自身も誘拐されその身を危険に晒した。
そのことを重く受け止めた彼らは、ある寒い冬の日に、この地を静かに離れていったのである。
あれから1年強、1人暮らしはとうに慣れていたはずのコズミだったが、彼らが去ってからというもの、 静か過ぎる家につい居心地の悪さを感じてしまっていた。
(この広い屋敷に1人暮らしは寂しいのぉ。)
小さく溜息を漏らすと、コズミは再び手元の本へと視線を落とし、余った手で碁石をもてあそぶ。 親指に馴染んだ1つを取り出すと、パチリと碁盤へ置いた。
「ほぉぅ? そこに打つか・・・・」
皮肉がたっぷり含まれた声に思わず手が止まった。
聞き覚えのある声、しかも復讐を誓った相手の声に・・・似ている。
「じいさん、いくら友達が居ないとはいえ、1人で碁はつまらないんじゃないか?」
――何を言う、退屈といわれる筋合いはない。――
無遠慮な言葉に少しだけ眉を潜め、コズミはゆっくりと顔を上げた。
「よお」
そこには真紅の防護服をまとった銀髪の男が立っていた。
彼は鋼鉄の手を軽く上げ、人差し指を立てて、
「相手をしに、戻ってきてやったぜ」
碁石を置く仕草をしてみせた。
「おぉ、戻ってきたのか。 他のみんなは?」
「あぁ、全員無事だ」
その言葉が終わらないうちに、彼の仲間達が次々と現れた。
長旅の疲れか大きく背伸びをしているのは ― ジェット
小さな目を更に小さくし、鼻を膨らませて歩いてくるのは ― 張々湖
その横でなにやら懸命に話しているのは ― グレート
さらに距離をおいて、目が嬉しそうに微笑んでいる ―ジェロニモ
重圧から開放されたのか、やっと年齢相応の表情で歩く ― ピュンマ
イワンを抱き、零れんばかりの笑顔をしているのが ― フランソワーズ
フランソワーズと並んで、というより寄り添って歩く、少年 ― ジョー
そして、最後尾からはギルモアが・・・
少しやつれたようにも思えたが、しかしその笑顔は良い知らせを伝えたくて仕方ないのだろう、 コズミの姿を見つけると、嬉しそうに満面の笑みを湛えた。
「また、少しだけ世話になろうかと思っての。大人数で押しかけてしまったよ」
「待っておったよ」
眼鏡の奥の瞳がさらに細くなった。
「おかえり、サイボーグ諸君」
「ただいま、コズミ博士」
全員が彼の周りを取り囲んだ。
やっと「彼ら」が自由を手にした瞬間であった。
その夜―――
コズミ邸では彼らの帰還を祝う大宴会が行われた。
ようやく手にした自由を満喫するかのように、夜がふけるまでコズミ邸の明かりが消えることは無かった。
「足りねーな」
「まったくもって同感ですな、ご同輩」
酒屋をまるごと買い占めたような大量の酒が用意されたにもかかわらず、それはあっという間に 飲み干されてしまった。飲み足りないジェットは、大広間に打ち捨てられた死体を蹴飛ばしながら、 部屋中を物色していた。
部屋は既に荒れ放題。
年寄り2人、女性と子供を除く、5人が酔いつぶれ、大きないびきをかきながら寝入っていた。
「いま襲撃されたらひとたまりもないな、コリャ」
呆れ顔のグレートは、最高性能の彼が幸せそうに抱えている一升瓶をそっと腕からはがし取った。
「それにしてもよー、」
ジェットは足元に転がっていたワインの瓶を取り、片目を瞑って瓶口から中を覗く。
「もう、酒は残ってね-のかよ」
「我輩も先ほど調べたがね――、」
グレートは手にとった一升瓶を逆さまにして振る。
「もう、一滴も残ってないのだよ」
「ぁんだよぉ、シケてんなぁ~~」
ジェットは死人を足で裏返しにしながら、隠された酒が出てこないかを懸命に探していた。
「今から買いに行くかね?」
「ってか、やってねーだろ」
「確かにこの時間だからな。だがー」
「だが?」
グレートの目が意味深にキラリと光る。
こういう瞳をするときの彼は、かならず、思いもつかないような妙案を出す。
イワンのような計算高さも、ピュンマのような緻密さも、アルベルトのような論理性もないが、だが、グレートの思いつきの作戦はしばしば思いも寄らない効果を上げる。
今の瞳は正にそれ。
ジェットがスリスリと擦り寄った。
「アルコール、ということであればな、我輩はまだ酒のありかを知っておるのだが」
「どういう意味だ?」
コズミ邸の台所。 窓の外の月明かりでようやく互いの顔が見える程度の明るさだが、改造されている彼らにとっては 気になる暗さではない。ジェットは目を皿のようにして部屋の中を見渡す。
「もしかして、コズミのじいさんが隠し持っている上等な酒のありかをしってるのか?」
「No!」
「じゃあ、上等じゃないけど、酒のありかを知ってるのか?」
「それも、また、違うのだよ」
「じゃあ!」ジェットの語気が荒くなる。
「まぁまぁ、若いの。焦ることはない」
そう言うと、グレートは静かに冷蔵庫を開けた。
明るい光りが突然視界に入り、ジェットは反射的に目を細めた。
「ほほぅ、やっぱりな」満足気なグレートの声。
「なんだ?酒があったのか?」
「いや・・・これだ」
振り向いたグレートの手には、料理酒と本みりん。
「なんだよ、それ」
「ご覧の通りさ。料理酒と本みりんだ」
「って、これって調味料だろう?」
「ご名答。張々湖の仕事を手伝わなかったにしては詳しいな」
「オッサン一言多いぜ。・・・ってか、んなもん、飲めるかよ」
「まぁまぁ、そう怒らずとも」
そう言うと、グレートは成分一覧表の箇所を指差した。
アルコール度数 13.5%~14.5%
「確かに・・・」ジェットが唸る。
「考えようによっては酒であろう?」
「うまいのか?」
「わからん。まぁ味は保障しかねる。だが、ここまで酔った我々にマトモな味覚があると思うか?」
ジェットは暫く、黄色いペットボトルと緑のペットボトルを交互に眺めていたが、
「それもそうだな」
ニヤリと笑うと、緑の瓶から一口含んだ。
しかし・・・・
「ゲッ、んなもん飲めるかよ!」ジェットはすかさずそれを吐き出した。
料理酒は苦いのでも、甘いのでもなく、微妙に塩味?
とにかく酒の雰囲気はあるがとてもじゃないが酒とはいい難い味である。
「じゃあよぉ、こっちのほうは・・・・」
今度はやや黄色味がかった液体を舐める。 その様子を固唾を飲んでグレートが見守っていた。
だが、やはり・・・・
「甘っっ!!」
先ほどよりも更に大げさなリアクションでそれを吐き出した。
「今度は甘すぎだぜっ!」
「貴殿のように飲みすぎていても、まだまだ味覚が残っていたのか? それともそれをも超越する味なのか――、」
『それが問題だー。』と芝居がかった口調で悦に入りながら話すグレートはみりんをジェットから受け取った。
「飲めるかよ、こんなもん!」
騙されたといわんばかりの形相でグレートを睨みつけるジェット。
「まぁそう怒らずとも」
「まさかオッサン、俺に毒見させたんじゃねぇだろうな?」
「人生、知らないほうが幸せと言うことはたくさんある。これもまた真実を知るべきではないと思うがな」
とぼけた顔でしらを切るが、こう言ってしまったら、『毒見をさせました。』と自ら白状したも同然である。
「コノっ」
ジェットは怒り心頭でグレートに掴みかかろうとした。
がその時、何かをひらめいたのか、彼の動きがピタリと止まった。
「どうかしたか?」
「い・・いや、・・・」
ジェットはやおら料理酒とみりんの瓶を取り、それを同量ずつ混ぜ合わせた。
コップには薄い琥珀色の新しい液体が調合された。
それをおそるおそる口に含んだジェットだったが、次の瞬間、
「いける!」
死んだ魚のようだった目が一瞬にして生まれ変わった。
ジェットの反応を見て、グレートも瞳が輝く。
「どれ、我輩も!・・・・うーーん。これなら十分だな」
結局2人は冷蔵庫の前に座り込み、”みりんの料理酒割り”、あるいは”料理酒のみりん割り”を ロックで飲み始めた。つまみは冷蔵庫から適当に漁って食べる。一歩も動くことなくお手軽に宴会が出来る。 考えてみれば、冷蔵庫の前ほど宴会に向いている場所はないかもしれない。
「ジェット、貴殿はアメリカでバーでも開くといいのかもしれないぞ。才能がある。このワシが保障する」
「それはいいアイディアだな」ジェットも美味そうにゴクリと液体を流し込む。
みりんと料理酒の混合物を「美味い」と言い切るバーテンの店に行きたいとは 思わない・・。というより、18歳って酒飲んでいいのか?<アメリカ
「らぁてーーー、ごろーはい(さて、ご同輩)、ヒック」
「らくらっちまったな(無くなっちまったな)、ヒック」ジェットが寂しそうに黄色いペットボトルの中をのぞく。
「ろみはりめると(飲み始めると)、らぁっという間だぁ(あっという間だ)」グレートは名残惜しそうに緑のペットボトルを撫で回した。
たかが料理酒と本みりんにこのリアクション。案外安上がりな2人なのかもしれない。
本来の用途で使えば数週間は持ったであろう調味料たちは、しかし、大の男が2人で グイグイ飲んだため、すっかり底をついてしまった。
「もーーーらるがにらにもれーろ(もう、さすがに何も無いぞ)」
ジェットが冷蔵庫の中に半分身体を突っ込み暫く物色していたが、何も無いとわかると 盛大に溜息を付いてみせた。
(以降、当人2人は酔ってますが、酔っ払い語の表記が面倒なので、 標準語で書かせていただきます。酔っ払い語に変換しながらお読みください。)
「だがな、ご同輩」
「まだ知ってるのか?」ジェットが擦り寄る。
「アルコール、というならな」
「また、アルコールなのか?」
「左様」
「今度は何がでてくるんだ」
「特別に強い酒を知っておるのだよ、我輩は」
グレートがニヤリと笑うと、人懐っこい目がウインクした。
次の日―――
<<うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!>>
二日酔いの頭を抱えながら、ドルフィン号の点検に出かけたピュンマの脳波通信が全員の頭蓋に響いた。
<<頭が痛いんだ、脳波通信で叫ぶな!>>アルベルトの叱責が飛ぶ。
<<すまない、でも、すぐにメディカルルームに来て欲しいんだ。>>
切羽詰ったピュンマの通信にジェットとグレートを除く全員が集合した。
そこで彼らが目にしたのは、床に大の字に寝転がり、大いびきをかいて眠るジェットとグレートの姿。そして 彼らの周りに散乱する茶色い小瓶・・・だったら可愛気があるが、散乱していたのは茶褐色の薬品瓶。 そして、どれもこれも見事に空になっていた。
「おい、早く起きろ」
アルベルトがジェットの肩に手をかけたが、次の瞬間、
「臭っ!」
ジェットから放たれる、壮絶なアルコール臭に思わず仰け反り、ひっくり返った。
「どうやら、2人はこの部屋にあったエチルアルコールを全部飲み干したらしいんだよ」
と自身の考察を披露するピュンマ。
「それにしてもずいぶんと、飲んだな」
ジェロニモはいつもと変わらぬ口調で二人を見つめた。
「どのくらい飲んだのかしら?」
不思議そうにフランソワーズが尋ねる。
「機械仕掛けの俺たちだ。そう簡単に酔えるものじゃないが、ここまで泥酔となると、 どれほどの量を飲んだのか、見当もつかん」
アルベルトは眉間にしわを寄せ、人差し指でこめかみを抑えながら吐き捨てた。
「1本、2本、3本、・・・」気を取り直したピュンマが空瓶を数え出す。
「500mlのエチルアルコールが10本空になってるよ」
「10本!!!5リットルじゃない。しかも、これって含有量99.5%以上なのよ」
呆れ果てたフランソワーズの声。
後から遅れてドルフィン号についたギルモアとコズミも2人の姿に呆然とした。
「やっとわかったわい」
ようやく気を取り直したコズミがポツリと呟いた。
「何をじゃ?」
「いや、今朝起きてみたらの、みりんと料理酒が全部無くなっておってのぉ。 まぁ張々湖が使ったのかな、量は多いが、と思っていたがな」
「それも彼らの仕業だったんじゃな」
「それに――、」
「それに?」
コズミの躊躇いがちに発せられた声に全員が視線を彼に移した。
「ワシの実験室の3リットルのエチルアルコール(同じく含有量99.5%以上)も空になっておったんじゃ」
「じゃあ、こいつらは、酒をのんだあと、1リットルのみりんと料理酒を全部飲み干し、 飽き足らずにコズミ博士の実験室にあったエタノールを3リットル飲み、 更にドルフィン号のエチルアルコール5リットルも飲んだというわけか」
「そういうことになるかのぉ」
フォッフォッとコズミは好々爺よろしく笑った。
「呆れた・・・」フランソワーズは頭痛がしてきたのか、頭を押さえて動かなくなった。
「Drink little, that you may drink long.」
ジェロニモが2人をベッドに移しながら呟く。
「どういう意味?」
ジェロニモはゆっくりと振り返り、ジョーを見下ろしながら言った。
「酒は呑むもの、呑まれるな、だ」
―ごもっともでございます・・・・・
メディカルルームで眠る、"呑まれてしまった2人"は実に幸せそうであった。
あとがき
みりんってお酒なんだよねーー。
料理をしていたらそう思い、酒飲みの端くれとして口に含んだのが事の発端。(<バカ)
まずいまずいまずいまずい・・・・・(大馬鹿)
せっかくだからと料理酒もついでに消毒用のエタノールも舐めてみました。
みんな、不味いです。
よい子は真似しないでください。
でも、みりんの料理酒割りは悪いなりにも飲めそうな気がします。
勇気ある方は是非チャレンジ!(薦めませんが)
さすがに試薬のエタノールは(飲んでみたいけど)飲んだことはありません。 それから、まちがってもメタノールは飲まないでくださいね、失明することがありますから(これは本当)。
えっ、紹興酒や他のお酒が無いって?
それは、HOIHO宅にそれらのお酒が無いからです。<天性の料理嫌い
味見できないもの・・・書けないです。(爆)
平ゼロ17話直後の話
メインは2と7。コズミ博士も出てきます。
よい子は真似をしないでね、という話。
メインは2と7。コズミ博士も出てきます。
よい子は真似をしないでね、という話。
その日は冬にしては格別に暖かい日だった。
風に踊らされ荒れ狂っている海も姿を潜め、代わりに、遥か南方の暖かい風に 軽く後押しされた波が、大洋を伝って浜辺にたどり着き、静かに砂浜へと染み込んでいく。 強い風が吹き付ける林も、今日は時折ざわめく程度でしんと静まり返っている。
明るい日差しが降り注ぎ、まるで、一足早い春が来たような日だった。
そして、街の中心から山と林に遮られ、誰も来ないこの場所にコズミ邸はひっそりと建っていた。
広すぎる敷地に質素な日本家屋。
今日は縁側にも暖かい日差しが差し込んでいる。
陽気に誘われ、博士は久しぶりに囲碁を縁側に持ち出した。
碁の本を左手で開きながら、パチリ、パチリと石を置いていく。
パチリ
5手目の石を置いたところで、離れ ―といってもこの家に比べると数倍は大きい― である洋風の建物を見上げた。
その洋館は「彼ら」への刺客、クモ型サイボーグに一度は破壊されたが、「彼ら」が戻ってくる日のために わざわざ建てなおしたものだった。
(彼らは元気にしておるかのぉ)
コズミは明るい日差しに目を細めた。
「彼ら」・・・00ナンバーサイボーグがこの地を離れたのは、もう1年以上も前のことだった。
ブラックゴーストから脱走してきた彼らが身を寄せたのが、このコズミ邸。
しかし、裏切り者を許さないブラックゴーストが彼らを放置しておくことは無く、あらゆる手を使って居場所を突き止めたのちは、次々と刺客が送り込まれた。
住居が破壊され、コズミ自身も誘拐されその身を危険に晒した。
そのことを重く受け止めた彼らは、ある寒い冬の日に、この地を静かに離れていったのである。
あれから1年強、1人暮らしはとうに慣れていたはずのコズミだったが、彼らが去ってからというもの、 静か過ぎる家につい居心地の悪さを感じてしまっていた。
(この広い屋敷に1人暮らしは寂しいのぉ。)
小さく溜息を漏らすと、コズミは再び手元の本へと視線を落とし、余った手で碁石をもてあそぶ。 親指に馴染んだ1つを取り出すと、パチリと碁盤へ置いた。
「ほぉぅ? そこに打つか・・・・」
皮肉がたっぷり含まれた声に思わず手が止まった。
聞き覚えのある声、しかも復讐を誓った相手の声に・・・似ている。
「じいさん、いくら友達が居ないとはいえ、1人で碁はつまらないんじゃないか?」
――何を言う、退屈といわれる筋合いはない。――
無遠慮な言葉に少しだけ眉を潜め、コズミはゆっくりと顔を上げた。
「よお」
そこには真紅の防護服をまとった銀髪の男が立っていた。
彼は鋼鉄の手を軽く上げ、人差し指を立てて、
「相手をしに、戻ってきてやったぜ」
碁石を置く仕草をしてみせた。
「おぉ、戻ってきたのか。 他のみんなは?」
「あぁ、全員無事だ」
その言葉が終わらないうちに、彼の仲間達が次々と現れた。
長旅の疲れか大きく背伸びをしているのは ― ジェット
小さな目を更に小さくし、鼻を膨らませて歩いてくるのは ― 張々湖
その横でなにやら懸命に話しているのは ― グレート
さらに距離をおいて、目が嬉しそうに微笑んでいる ―ジェロニモ
重圧から開放されたのか、やっと年齢相応の表情で歩く ― ピュンマ
イワンを抱き、零れんばかりの笑顔をしているのが ― フランソワーズ
フランソワーズと並んで、というより寄り添って歩く、少年 ― ジョー
そして、最後尾からはギルモアが・・・
少しやつれたようにも思えたが、しかしその笑顔は良い知らせを伝えたくて仕方ないのだろう、 コズミの姿を見つけると、嬉しそうに満面の笑みを湛えた。
「また、少しだけ世話になろうかと思っての。大人数で押しかけてしまったよ」
「待っておったよ」
眼鏡の奥の瞳がさらに細くなった。
「おかえり、サイボーグ諸君」
「ただいま、コズミ博士」
全員が彼の周りを取り囲んだ。
やっと「彼ら」が自由を手にした瞬間であった。
その夜―――
コズミ邸では彼らの帰還を祝う大宴会が行われた。
ようやく手にした自由を満喫するかのように、夜がふけるまでコズミ邸の明かりが消えることは無かった。
「足りねーな」
「まったくもって同感ですな、ご同輩」
酒屋をまるごと買い占めたような大量の酒が用意されたにもかかわらず、それはあっという間に 飲み干されてしまった。飲み足りないジェットは、大広間に打ち捨てられた死体を蹴飛ばしながら、 部屋中を物色していた。
部屋は既に荒れ放題。
年寄り2人、女性と子供を除く、5人が酔いつぶれ、大きないびきをかきながら寝入っていた。
「いま襲撃されたらひとたまりもないな、コリャ」
呆れ顔のグレートは、最高性能の彼が幸せそうに抱えている一升瓶をそっと腕からはがし取った。
「それにしてもよー、」
ジェットは足元に転がっていたワインの瓶を取り、片目を瞑って瓶口から中を覗く。
「もう、酒は残ってね-のかよ」
「我輩も先ほど調べたがね――、」
グレートは手にとった一升瓶を逆さまにして振る。
「もう、一滴も残ってないのだよ」
「ぁんだよぉ、シケてんなぁ~~」
ジェットは死人を足で裏返しにしながら、隠された酒が出てこないかを懸命に探していた。
「今から買いに行くかね?」
「ってか、やってねーだろ」
「確かにこの時間だからな。だがー」
「だが?」
グレートの目が意味深にキラリと光る。
こういう瞳をするときの彼は、かならず、思いもつかないような妙案を出す。
イワンのような計算高さも、ピュンマのような緻密さも、アルベルトのような論理性もないが、だが、グレートの思いつきの作戦はしばしば思いも寄らない効果を上げる。
今の瞳は正にそれ。
ジェットがスリスリと擦り寄った。
「アルコール、ということであればな、我輩はまだ酒のありかを知っておるのだが」
「どういう意味だ?」
コズミ邸の台所。 窓の外の月明かりでようやく互いの顔が見える程度の明るさだが、改造されている彼らにとっては 気になる暗さではない。ジェットは目を皿のようにして部屋の中を見渡す。
「もしかして、コズミのじいさんが隠し持っている上等な酒のありかをしってるのか?」
「No!」
「じゃあ、上等じゃないけど、酒のありかを知ってるのか?」
「それも、また、違うのだよ」
「じゃあ!」ジェットの語気が荒くなる。
「まぁまぁ、若いの。焦ることはない」
そう言うと、グレートは静かに冷蔵庫を開けた。
明るい光りが突然視界に入り、ジェットは反射的に目を細めた。
「ほほぅ、やっぱりな」満足気なグレートの声。
「なんだ?酒があったのか?」
「いや・・・これだ」
振り向いたグレートの手には、料理酒と本みりん。
「なんだよ、それ」
「ご覧の通りさ。料理酒と本みりんだ」
「って、これって調味料だろう?」
「ご名答。張々湖の仕事を手伝わなかったにしては詳しいな」
「オッサン一言多いぜ。・・・ってか、んなもん、飲めるかよ」
「まぁまぁ、そう怒らずとも」
そう言うと、グレートは成分一覧表の箇所を指差した。
アルコール度数 13.5%~14.5%
「確かに・・・」ジェットが唸る。
「考えようによっては酒であろう?」
「うまいのか?」
「わからん。まぁ味は保障しかねる。だが、ここまで酔った我々にマトモな味覚があると思うか?」
ジェットは暫く、黄色いペットボトルと緑のペットボトルを交互に眺めていたが、
「それもそうだな」
ニヤリと笑うと、緑の瓶から一口含んだ。
しかし・・・・
「ゲッ、んなもん飲めるかよ!」ジェットはすかさずそれを吐き出した。
料理酒は苦いのでも、甘いのでもなく、微妙に塩味?
とにかく酒の雰囲気はあるがとてもじゃないが酒とはいい難い味である。
「じゃあよぉ、こっちのほうは・・・・」
今度はやや黄色味がかった液体を舐める。 その様子を固唾を飲んでグレートが見守っていた。
だが、やはり・・・・
「甘っっ!!」
先ほどよりも更に大げさなリアクションでそれを吐き出した。
「今度は甘すぎだぜっ!」
「貴殿のように飲みすぎていても、まだまだ味覚が残っていたのか? それともそれをも超越する味なのか――、」
『それが問題だー。』と芝居がかった口調で悦に入りながら話すグレートはみりんをジェットから受け取った。
「飲めるかよ、こんなもん!」
騙されたといわんばかりの形相でグレートを睨みつけるジェット。
「まぁそう怒らずとも」
「まさかオッサン、俺に毒見させたんじゃねぇだろうな?」
「人生、知らないほうが幸せと言うことはたくさんある。これもまた真実を知るべきではないと思うがな」
とぼけた顔でしらを切るが、こう言ってしまったら、『毒見をさせました。』と自ら白状したも同然である。
「コノっ」
ジェットは怒り心頭でグレートに掴みかかろうとした。
がその時、何かをひらめいたのか、彼の動きがピタリと止まった。
「どうかしたか?」
「い・・いや、・・・」
ジェットはやおら料理酒とみりんの瓶を取り、それを同量ずつ混ぜ合わせた。
コップには薄い琥珀色の新しい液体が調合された。
それをおそるおそる口に含んだジェットだったが、次の瞬間、
「いける!」
死んだ魚のようだった目が一瞬にして生まれ変わった。
ジェットの反応を見て、グレートも瞳が輝く。
「どれ、我輩も!・・・・うーーん。これなら十分だな」
結局2人は冷蔵庫の前に座り込み、”みりんの料理酒割り”、あるいは”料理酒のみりん割り”を ロックで飲み始めた。つまみは冷蔵庫から適当に漁って食べる。一歩も動くことなくお手軽に宴会が出来る。 考えてみれば、冷蔵庫の前ほど宴会に向いている場所はないかもしれない。
「ジェット、貴殿はアメリカでバーでも開くといいのかもしれないぞ。才能がある。このワシが保障する」
「それはいいアイディアだな」ジェットも美味そうにゴクリと液体を流し込む。
みりんと料理酒の混合物を「美味い」と言い切るバーテンの店に行きたいとは 思わない・・。というより、18歳って酒飲んでいいのか?<アメリカ
「らぁてーーー、ごろーはい(さて、ご同輩)、ヒック」
「らくらっちまったな(無くなっちまったな)、ヒック」ジェットが寂しそうに黄色いペットボトルの中をのぞく。
「ろみはりめると(飲み始めると)、らぁっという間だぁ(あっという間だ)」グレートは名残惜しそうに緑のペットボトルを撫で回した。
たかが料理酒と本みりんにこのリアクション。案外安上がりな2人なのかもしれない。
本来の用途で使えば数週間は持ったであろう調味料たちは、しかし、大の男が2人で グイグイ飲んだため、すっかり底をついてしまった。
「もーーーらるがにらにもれーろ(もう、さすがに何も無いぞ)」
ジェットが冷蔵庫の中に半分身体を突っ込み暫く物色していたが、何も無いとわかると 盛大に溜息を付いてみせた。
(以降、当人2人は酔ってますが、酔っ払い語の表記が面倒なので、 標準語で書かせていただきます。酔っ払い語に変換しながらお読みください。)
「だがな、ご同輩」
「まだ知ってるのか?」ジェットが擦り寄る。
「アルコール、というならな」
「また、アルコールなのか?」
「左様」
「今度は何がでてくるんだ」
「特別に強い酒を知っておるのだよ、我輩は」
グレートがニヤリと笑うと、人懐っこい目がウインクした。
次の日―――
<<うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!>>
二日酔いの頭を抱えながら、ドルフィン号の点検に出かけたピュンマの脳波通信が全員の頭蓋に響いた。
<<頭が痛いんだ、脳波通信で叫ぶな!>>アルベルトの叱責が飛ぶ。
<<すまない、でも、すぐにメディカルルームに来て欲しいんだ。>>
切羽詰ったピュンマの通信にジェットとグレートを除く全員が集合した。
そこで彼らが目にしたのは、床に大の字に寝転がり、大いびきをかいて眠るジェットとグレートの姿。そして 彼らの周りに散乱する茶色い小瓶・・・だったら可愛気があるが、散乱していたのは茶褐色の薬品瓶。 そして、どれもこれも見事に空になっていた。
「おい、早く起きろ」
アルベルトがジェットの肩に手をかけたが、次の瞬間、
「臭っ!」
ジェットから放たれる、壮絶なアルコール臭に思わず仰け反り、ひっくり返った。
「どうやら、2人はこの部屋にあったエチルアルコールを全部飲み干したらしいんだよ」
と自身の考察を披露するピュンマ。
「それにしてもずいぶんと、飲んだな」
ジェロニモはいつもと変わらぬ口調で二人を見つめた。
「どのくらい飲んだのかしら?」
不思議そうにフランソワーズが尋ねる。
「機械仕掛けの俺たちだ。そう簡単に酔えるものじゃないが、ここまで泥酔となると、 どれほどの量を飲んだのか、見当もつかん」
アルベルトは眉間にしわを寄せ、人差し指でこめかみを抑えながら吐き捨てた。
「1本、2本、3本、・・・」気を取り直したピュンマが空瓶を数え出す。
「500mlのエチルアルコールが10本空になってるよ」
「10本!!!5リットルじゃない。しかも、これって含有量99.5%以上なのよ」
呆れ果てたフランソワーズの声。
後から遅れてドルフィン号についたギルモアとコズミも2人の姿に呆然とした。
「やっとわかったわい」
ようやく気を取り直したコズミがポツリと呟いた。
「何をじゃ?」
「いや、今朝起きてみたらの、みりんと料理酒が全部無くなっておってのぉ。 まぁ張々湖が使ったのかな、量は多いが、と思っていたがな」
「それも彼らの仕業だったんじゃな」
「それに――、」
「それに?」
コズミの躊躇いがちに発せられた声に全員が視線を彼に移した。
「ワシの実験室の3リットルのエチルアルコール(同じく含有量99.5%以上)も空になっておったんじゃ」
「じゃあ、こいつらは、酒をのんだあと、1リットルのみりんと料理酒を全部飲み干し、 飽き足らずにコズミ博士の実験室にあったエタノールを3リットル飲み、 更にドルフィン号のエチルアルコール5リットルも飲んだというわけか」
「そういうことになるかのぉ」
フォッフォッとコズミは好々爺よろしく笑った。
「呆れた・・・」フランソワーズは頭痛がしてきたのか、頭を押さえて動かなくなった。
「Drink little, that you may drink long.」
ジェロニモが2人をベッドに移しながら呟く。
「どういう意味?」
ジェロニモはゆっくりと振り返り、ジョーを見下ろしながら言った。
「酒は呑むもの、呑まれるな、だ」
―ごもっともでございます・・・・・
メディカルルームで眠る、"呑まれてしまった2人"は実に幸せそうであった。
あとがき
みりんってお酒なんだよねーー。
料理をしていたらそう思い、酒飲みの端くれとして口に含んだのが事の発端。(<バカ)
まずいまずいまずいまずい・・・・・(大馬鹿)
せっかくだからと料理酒もついでに消毒用のエタノールも舐めてみました。
みんな、不味いです。
よい子は真似しないでください。
でも、みりんの料理酒割りは悪いなりにも飲めそうな気がします。
勇気ある方は是非チャレンジ!(薦めませんが)
さすがに試薬のエタノールは(飲んでみたいけど)飲んだことはありません。 それから、まちがってもメタノールは飲まないでくださいね、失明することがありますから(これは本当)。
えっ、紹興酒や他のお酒が無いって?
それは、HOIHO宅にそれらのお酒が無いからです。<天性の料理嫌い
味見できないもの・・・書けないです。(爆)
(03年8月3日NBG様へ投稿)
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