大復活 (遠雷(いただきもの)/
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周が、熱を出した。
鬼の霍乱か、それとも何かの間違いではないか、とギルモア邸の面々は全会一致でそう思ったのだが、どうやら
クロウディアの話によると真実らしく、こぞって桜の散りきった島村本家へ見舞いへ出かけたのであった。
途中、見舞いでも見繕うと某スーパーに寄ったのだが、
「何が良いかなぁ…」
カートを押しながらジョーも、そして皆も悩みっぱなし。
「周って何が好きなのかしら」
「酒でいいんじゃねぇの?」
「仮にも病人だよ」
「ねぇー、アルベルト」
「オレに聞くな」
不満たらたらなのは、やはりアルベルト。
あの魔女なら熱ぐらいで死ぬはずはないだろう、と留守番をかってでたのだが、凄まじい剣幕のフランソワーズと
心配で半泣きになったジョーに無理矢理引っ張られてきてしまった。
更にはヒマそうなジェットも、楽しそうに同行。そしてまた更に。
「……まあ、そりゃ心配だけどさ」
ギルモアに持たされた特殊な治療薬片手に、皆の後を一歩遅れて着いていくのは…ピュンマ。
『不満そうだね』
「…別に不満ってワケじゃ」
アルベルトの腕の中のイワンにつぶらな瞳で見つめられ、ピュンマは思わずビクリとした。
周には、普段から世話にはなっている。
膨大な数の書物をアルベルトと共に借りたり、その後に晩ご飯をご馳走になったり。だけど、彼女と顔を合わせると
何かしらの災難に遭うのも事実だから、ちょっと尻込み気味……いや、緊張気味だ。
『大丈夫だよ、ピュンマ。周も体調良くないから、そんな元気ないって』
「…心強いよ、イワン」
ていうか「そんな元気」って…
まぁ、彼女もいつも悪意があってやっているわけではなく……とは言っても、素でああなのも恐ろしい。
「元気の出るような夕食作ってあげなくっちゃ♪」
「そうだね」
側では、ウキウキのフランソワーズと、それに頷くジョーが嬉しそうに物色中。端から見れば新婚さんのような雰囲気だ。
そして。
「やっぱ酒だよ、酒!」
「お前はの頭は、それ以外に考えられないのか」
『さすが、トリ頭』
「んだとぉ?!」
ガラが悪いのかそうでないのか、三十オヤジと一応青年&一応赤ん坊の奇妙な組み合わせが、ある意味危険な
会話を展開中。
カタカタと、ピュンマの手が震えた。
……超、不安。
「あら、いらっしゃい」
島村本家の玄関を開けて出てきたのは、莉都だった。
「こんなに大勢の方がお見舞いに来てくれるなんて。周ちゃん、幸せねぇ」
上品に笑う老婦人は、純和風の玄関に人数分のスリッパを広げて、どうぞと皆を中へ促した。
「周の具合はどうですか?」
「そうね、結構落ち着いてきたわ。鬼の霍乱か、そんなものでしょうね」
……考えることは皆、一緒か……
アルベルト、イワン、ピュンマの脳裏に同じ考えが過ぎったが、あえて口にしたものはいない。
そうこうしていると、
「何? 何かお土産あんの?」
と、クロウディアが奧から全力疾走でやって来た。
「クロウディア。君は大丈夫なのかい?」
「あーもう全然元気♪」
「だろうな」
「何がよ、頑固オヤジ」
プチ周、というべき存在の娘に、火に油を注ぐアルベルト。
どうしてこうも穏便にならないのかが何時も苦悩の種…というか永遠の課題なのかもしれない。
そんな様子を莉都は「微笑ましいこと」と、相変わらず上品に笑うと、
「ごめんなさいね、私はもうおいとましなきゃならないの。でもジョー君もフランちゃんもいるし、大丈夫よね?」
と、迎えの車に乗って帰ってしまった。
この家が今の今まで静かだったのは、キレると恐いかの老婦人に周が制御されていたためであって…莉都が
帰った途端、周がその鬱憤で飛び起きないことを切実に祈るばかりなのだが。
そんな思いが過ぎって密かにピュンマが冷や汗を掻いていると、
「周、今ぐっすりだよ。暫くほっといてあげて」
と、クロウディアがちょっと心配そうに呟いた。
「そんなに悪かったのか」
「そんなにってほどじゃないけど、ここ最近、残業ばっかでさすがの周も疲れてたから」
意外な顔をしたアルベルトに、クロウディアは少ししゅんとして言葉を返す。
それを聞いたジョーまで、捨てられた子犬のような顔になってしまった。今にもキューンという鳴き声が聞こえ
てきそうだ。
───────相変わらず何も言わない、女。
一つ息を吐くと、アルベルトは、
「ま、元気出せ」
と、クロウディアの頭をぽんぽんと撫でた。
「さ、何を作ろうかしら」
「手伝うよ、フランソワーズ」
「あ、テキトーに冷蔵庫のモノ使っていいから。莉都もしこたま置いて帰ってくれたし」
勝手知ったる、大本家。
取りあえず周を起こさないように、夕食の準備が開始された。
体調が悪くてもすんなり喉を通る、それでいて栄養のあるものを、と張り切るフランソワーズとジョーは、相変
わらず新婚マックスのような雰囲気でキッチンに消えて行った。 リビングに残された面々は、ヒマ大爆発、のは
ずなのだが。
「やっぱ酒だよ、酒!」
「ジェット! いい加減にしてちょうだい!」
「そうだよ! 周は病気なんだよ?!」
「だーかーらーだよ。あのババァだったら食事よりキツイの一発飲んだ方が効きそうじゃねぇか?」
「一理あるな」
「だろ? アルベルト」
「あたし、ハンバーグ食べたいなぁ♪」
「テメェの見舞いじゃねぇよ」
『ボク、冷たいリンゴジュースが飲みたい』
「あ、あたしもー」
何だかんだでキッチン班に口を出す人間が、続出。
かと思えば…
『じゃ、卵酒がいいんじゃないかい? ボクも味見したいし』
「賛成ー!」
「んなモン、周に効きゃしねーよ」
「ジョー、ちょっと味見して? お粥」
「うん、美味しいよ」
「あたしも食べるー!」
「黙って座ってろ、バカ娘」
「いーじゃん、一口ぐらいっ」
「ちょっとジェット! 鍋ごと持って行かないでよ!」
「オレも味見だ、味見」
「味見で鍋ごと持って行く人間が何処にいる」
……あっという間に、大騒ぎ。
「みんな……もうちょっと静かにした方がいいんじゃ…ないかな…?」
キッチンの入り口でその地獄絵図を見ていたピュンマは、密かに震え始めた。
いやなに、あの大魔女の眠りを妨げようものなら、後が恐いと思うのですが。
しかしキッチンのメンツは、まるで無視。
……というか、まるっきり聞こえていない…
そして更に。
「いいもん見っけ!」
「何それ、日本酒?」
「ちょっと失敬」
「ジェットやめなよ! 周、本当に怒るよ?!」
「怒らせておきゃいいんだよ。あ、美味ぇ! これ!」
「怒り狂ったあの女の後始末を誰がする」
『まかせていいんだね? ジェット』
「オレかよ!」
「誰が火種を蒔いていると思ってる。その自覚すらないバカか、お前は」
「サシになったら譲ってやるよ、アルベルト」
「断る」
「だーかーらージェット! これ以上つまみ食いしないで!」
「手癖、悪ぅ」
「煩ぇよ、黒死蝶!」
「だからそう呼ぶなっつーの!」
事態は悪化をたどる一方、で。
真剣に恐ろしくなったピュンマは、一歩、そしてまた一歩と後ずさりを始めた。
今が逃げ出す絶好のチャンスかも知れない。ここで逃げ遅れて大魔女の逆鱗に触れたら
確実に生命の危機だ─────冗談抜きで。
ゆっくり…だけど俊敏に後ずさり。
もう少しで皆の視界から外れる、と半歩足を引いたとき。
とんっと────────背中に何かがぶつかった。
目の前の状況にいっぱいいっぱいだったピュンマは、背後が無防備。端から見れば滑稽なぐらい、身体を
ビクリとさせてしまっていただろう。
少し息をついて、壁にでもぶつかったか、と、ゆるりと首を背後に向けた、途端…
…声を失ってしまった。
その『壁』は、青白い顔をして腕を組み、この世のものとは思えないほど強烈かつ鋭い鈍色の瞳でキッチンの
様子を見ていた。目の前で硬直しているピュンマなど、まったく視界に入っちゃいない。
まるで池の鯉のように、口をパクパクとさせるピュンマが、やっとのことで絞り出せた言葉は。
「出たあぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっっ……!!」
…という、絶叫だった。
ピュンマの悲鳴に状況を察知したイワンとクロウディアは、観念移動で逃亡。
ジョーは加速装置でフランソワーズを連れて、これまた逃亡。
…結局残されたのは…恐怖の余り襖にへばりついたピュンマと、食卓に座るアルベルト。そして……一升瓶片手に
硬直しているジェットの総勢三名、だった。
仁王立ちの『壁』……周は裸足のつま先をすっと前に進め、ピュンマの前を通りすぎ…食卓の前に立った。
「元気そうだな」
食卓に頬杖をついたアルベルトが、顔色の悪い周をゆっくり見上げた。
「お陰様で」
短く、冷たい会話。
少し離れた場所でピュンマは、何が「元気そう」で何が「お陰様で」なのだろう、と思ったが、とてもツッコむ
気になれやしない。
っていうか、目の前であの冷たさを浴びせられているジェットが大変気の毒ではあるが、ご愁傷様としか
思いようがなかった。
「ええ、復活したわ」
言う割に、真っ青な周。
「あれだけ騒いでくれたら、おちおち寝てらんないし?」
鈍色の瞳はすっと視線を落とし、コップを口に付けたまま硬直したジェットを見下ろした。
「その手に持っているモノは何かしらね、バカ陽気?」
…ああ、大魔女の眠りを妨げる、罪人の運命や、いかに。
我はもう 撃たれてしまいし鳥なれば
君の視界の 外に安らぐ
俵万智:『チョコレート革命』
(↑Not恋愛要素で訳してください)
<了>
凛樹館juiさまよりいただいてしまいました。
周先生がお風邪を召され、お見舞いに出かけた面子に事件の香り。
ピュンマが加われば、オチはお約束。おなかを抱えて笑わせていただきました。
人ン家の台所でやりたい放題のナンバーさんに胃に穴をあける思いだったに違いありません。 過剰なまでの心配、こまやかな気配り、あなたは絶対にA型です>ピュンマ いえ、サイボーグにABO式血液型が当てはまるかどうかはこの際置いておいてください。
窮地に立たされたピュンマの「口をパクパク」には死ぬほど笑いましたとも。 ええ、白目を剥いて失神寸前であったこと間違い無しです。 しかし、この修羅場さえ乗り切ればきっとどんなミッションも容易く感じられるでしょう。
ピュンマ、強く生きてください。
juiさま 本当にありがとうございました。
周 クロウディア 莉都 1,2,3,4,8,9
周が風邪!!!
信じられない異常事態にナンバーさんが周を見舞う。
8が出てくるということは・・・すでにお約束です。
周が風邪!!!
信じられない異常事態にナンバーさんが周を見舞う。
8が出てくるということは・・・すでにお約束です。
周が、熱を出した。
鬼の霍乱か、それとも何かの間違いではないか、とギルモア邸の面々は全会一致でそう思ったのだが、どうやら
クロウディアの話によると真実らしく、こぞって桜の散りきった島村本家へ見舞いへ出かけたのであった。
途中、見舞いでも見繕うと某スーパーに寄ったのだが、
「何が良いかなぁ…」
カートを押しながらジョーも、そして皆も悩みっぱなし。
「周って何が好きなのかしら」
「酒でいいんじゃねぇの?」
「仮にも病人だよ」
「ねぇー、アルベルト」
「オレに聞くな」
不満たらたらなのは、やはりアルベルト。
あの魔女なら熱ぐらいで死ぬはずはないだろう、と留守番をかってでたのだが、凄まじい剣幕のフランソワーズと
心配で半泣きになったジョーに無理矢理引っ張られてきてしまった。
更にはヒマそうなジェットも、楽しそうに同行。そしてまた更に。
「……まあ、そりゃ心配だけどさ」
ギルモアに持たされた特殊な治療薬片手に、皆の後を一歩遅れて着いていくのは…ピュンマ。
『不満そうだね』
「…別に不満ってワケじゃ」
アルベルトの腕の中のイワンにつぶらな瞳で見つめられ、ピュンマは思わずビクリとした。
周には、普段から世話にはなっている。
膨大な数の書物をアルベルトと共に借りたり、その後に晩ご飯をご馳走になったり。だけど、彼女と顔を合わせると
何かしらの災難に遭うのも事実だから、ちょっと尻込み気味……いや、緊張気味だ。
『大丈夫だよ、ピュンマ。周も体調良くないから、そんな元気ないって』
「…心強いよ、イワン」
ていうか「そんな元気」って…
まぁ、彼女もいつも悪意があってやっているわけではなく……とは言っても、素でああなのも恐ろしい。
「元気の出るような夕食作ってあげなくっちゃ♪」
「そうだね」
側では、ウキウキのフランソワーズと、それに頷くジョーが嬉しそうに物色中。端から見れば新婚さんのような雰囲気だ。
そして。
「やっぱ酒だよ、酒!」
「お前はの頭は、それ以外に考えられないのか」
『さすが、トリ頭』
「んだとぉ?!」
ガラが悪いのかそうでないのか、三十オヤジと一応青年&一応赤ん坊の奇妙な組み合わせが、ある意味危険な
会話を展開中。
カタカタと、ピュンマの手が震えた。
……超、不安。
「あら、いらっしゃい」
島村本家の玄関を開けて出てきたのは、莉都だった。
「こんなに大勢の方がお見舞いに来てくれるなんて。周ちゃん、幸せねぇ」
上品に笑う老婦人は、純和風の玄関に人数分のスリッパを広げて、どうぞと皆を中へ促した。
「周の具合はどうですか?」
「そうね、結構落ち着いてきたわ。鬼の霍乱か、そんなものでしょうね」
……考えることは皆、一緒か……
アルベルト、イワン、ピュンマの脳裏に同じ考えが過ぎったが、あえて口にしたものはいない。
そうこうしていると、
「何? 何かお土産あんの?」
と、クロウディアが奧から全力疾走でやって来た。
「クロウディア。君は大丈夫なのかい?」
「あーもう全然元気♪」
「だろうな」
「何がよ、頑固オヤジ」
プチ周、というべき存在の娘に、火に油を注ぐアルベルト。
どうしてこうも穏便にならないのかが何時も苦悩の種…というか永遠の課題なのかもしれない。
そんな様子を莉都は「微笑ましいこと」と、相変わらず上品に笑うと、
「ごめんなさいね、私はもうおいとましなきゃならないの。でもジョー君もフランちゃんもいるし、大丈夫よね?」
と、迎えの車に乗って帰ってしまった。
この家が今の今まで静かだったのは、キレると恐いかの老婦人に周が制御されていたためであって…莉都が
帰った途端、周がその鬱憤で飛び起きないことを切実に祈るばかりなのだが。
そんな思いが過ぎって密かにピュンマが冷や汗を掻いていると、
「周、今ぐっすりだよ。暫くほっといてあげて」
と、クロウディアがちょっと心配そうに呟いた。
「そんなに悪かったのか」
「そんなにってほどじゃないけど、ここ最近、残業ばっかでさすがの周も疲れてたから」
意外な顔をしたアルベルトに、クロウディアは少ししゅんとして言葉を返す。
それを聞いたジョーまで、捨てられた子犬のような顔になってしまった。今にもキューンという鳴き声が聞こえ
てきそうだ。
───────相変わらず何も言わない、女。
一つ息を吐くと、アルベルトは、
「ま、元気出せ」
と、クロウディアの頭をぽんぽんと撫でた。
「さ、何を作ろうかしら」
「手伝うよ、フランソワーズ」
「あ、テキトーに冷蔵庫のモノ使っていいから。莉都もしこたま置いて帰ってくれたし」
勝手知ったる、大本家。
取りあえず周を起こさないように、夕食の準備が開始された。
体調が悪くてもすんなり喉を通る、それでいて栄養のあるものを、と張り切るフランソワーズとジョーは、相変
わらず新婚マックスのような雰囲気でキッチンに消えて行った。 リビングに残された面々は、ヒマ大爆発、のは
ずなのだが。
「やっぱ酒だよ、酒!」
「ジェット! いい加減にしてちょうだい!」
「そうだよ! 周は病気なんだよ?!」
「だーかーらーだよ。あのババァだったら食事よりキツイの一発飲んだ方が効きそうじゃねぇか?」
「一理あるな」
「だろ? アルベルト」
「あたし、ハンバーグ食べたいなぁ♪」
「テメェの見舞いじゃねぇよ」
『ボク、冷たいリンゴジュースが飲みたい』
「あ、あたしもー」
何だかんだでキッチン班に口を出す人間が、続出。
かと思えば…
『じゃ、卵酒がいいんじゃないかい? ボクも味見したいし』
「賛成ー!」
「んなモン、周に効きゃしねーよ」
「ジョー、ちょっと味見して? お粥」
「うん、美味しいよ」
「あたしも食べるー!」
「黙って座ってろ、バカ娘」
「いーじゃん、一口ぐらいっ」
「ちょっとジェット! 鍋ごと持って行かないでよ!」
「オレも味見だ、味見」
「味見で鍋ごと持って行く人間が何処にいる」
……あっという間に、大騒ぎ。
「みんな……もうちょっと静かにした方がいいんじゃ…ないかな…?」
キッチンの入り口でその地獄絵図を見ていたピュンマは、密かに震え始めた。
いやなに、あの大魔女の眠りを妨げようものなら、後が恐いと思うのですが。
しかしキッチンのメンツは、まるで無視。
……というか、まるっきり聞こえていない…
そして更に。
「いいもん見っけ!」
「何それ、日本酒?」
「ちょっと失敬」
「ジェットやめなよ! 周、本当に怒るよ?!」
「怒らせておきゃいいんだよ。あ、美味ぇ! これ!」
「怒り狂ったあの女の後始末を誰がする」
『まかせていいんだね? ジェット』
「オレかよ!」
「誰が火種を蒔いていると思ってる。その自覚すらないバカか、お前は」
「サシになったら譲ってやるよ、アルベルト」
「断る」
「だーかーらージェット! これ以上つまみ食いしないで!」
「手癖、悪ぅ」
「煩ぇよ、黒死蝶!」
「だからそう呼ぶなっつーの!」
事態は悪化をたどる一方、で。
真剣に恐ろしくなったピュンマは、一歩、そしてまた一歩と後ずさりを始めた。
今が逃げ出す絶好のチャンスかも知れない。ここで逃げ遅れて大魔女の逆鱗に触れたら
確実に生命の危機だ─────冗談抜きで。
ゆっくり…だけど俊敏に後ずさり。
もう少しで皆の視界から外れる、と半歩足を引いたとき。
とんっと────────背中に何かがぶつかった。
目の前の状況にいっぱいいっぱいだったピュンマは、背後が無防備。端から見れば滑稽なぐらい、身体を
ビクリとさせてしまっていただろう。
少し息をついて、壁にでもぶつかったか、と、ゆるりと首を背後に向けた、途端…
…声を失ってしまった。
その『壁』は、青白い顔をして腕を組み、この世のものとは思えないほど強烈かつ鋭い鈍色の瞳でキッチンの
様子を見ていた。目の前で硬直しているピュンマなど、まったく視界に入っちゃいない。
まるで池の鯉のように、口をパクパクとさせるピュンマが、やっとのことで絞り出せた言葉は。
「出たあぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっっ……!!」
…という、絶叫だった。
ピュンマの悲鳴に状況を察知したイワンとクロウディアは、観念移動で逃亡。
ジョーは加速装置でフランソワーズを連れて、これまた逃亡。
…結局残されたのは…恐怖の余り襖にへばりついたピュンマと、食卓に座るアルベルト。そして……一升瓶片手に
硬直しているジェットの総勢三名、だった。
仁王立ちの『壁』……周は裸足のつま先をすっと前に進め、ピュンマの前を通りすぎ…食卓の前に立った。
「元気そうだな」
食卓に頬杖をついたアルベルトが、顔色の悪い周をゆっくり見上げた。
「お陰様で」
短く、冷たい会話。
少し離れた場所でピュンマは、何が「元気そう」で何が「お陰様で」なのだろう、と思ったが、とてもツッコむ
気になれやしない。
っていうか、目の前であの冷たさを浴びせられているジェットが大変気の毒ではあるが、ご愁傷様としか
思いようがなかった。
「ええ、復活したわ」
言う割に、真っ青な周。
「あれだけ騒いでくれたら、おちおち寝てらんないし?」
鈍色の瞳はすっと視線を落とし、コップを口に付けたまま硬直したジェットを見下ろした。
「その手に持っているモノは何かしらね、バカ陽気?」
…ああ、大魔女の眠りを妨げる、罪人の運命や、いかに。
我はもう 撃たれてしまいし鳥なれば
君の視界の 外に安らぐ
俵万智:『チョコレート革命』
(↑Not恋愛要素で訳してください)
<了>
凛樹館juiさまよりいただいてしまいました。
周先生がお風邪を召され、お見舞いに出かけた面子に事件の香り。
ピュンマが加われば、オチはお約束。おなかを抱えて笑わせていただきました。
人ン家の台所でやりたい放題のナンバーさんに胃に穴をあける思いだったに違いありません。 過剰なまでの心配、こまやかな気配り、あなたは絶対にA型です>ピュンマ いえ、サイボーグにABO式血液型が当てはまるかどうかはこの際置いておいてください。
窮地に立たされたピュンマの「口をパクパク」には死ぬほど笑いましたとも。 ええ、白目を剥いて失神寸前であったこと間違い無しです。 しかし、この修羅場さえ乗り切ればきっとどんなミッションも容易く感じられるでしょう。
ピュンマ、強く生きてください。
juiさま 本当にありがとうございました。
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