紅葉酒 (遠雷(いただきもの)/
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時に場所は、某大型スーパーマーケット。
そこに…
「何にしよっかなぁ♪」
キラキラと目を輝かせる、銀髪娘が、一匹。
そして。
「酒だ、酒!」
訳の分からない気合いに溢れている、立派なお鼻の青年も、一匹。
「「レッツゴー!!」」
途端に威勢の良い奇声が上がったかと思うと、徒競走かの勢いでカート押していく妙な毛色の二匹…もとい、
青年少女は、あっという間に売り場へと消えていった。
買い物かご片手に、まるでフライングでもされたかのような状況に落とし込まれてしまったピュンマは、一拍おいて
吹いてきた風に容赦なく晒される。そう、まるで快速電車が目の前を通り過ぎていった後、遅れて吹き込んでくるあの
風のようだった。
買い物ぐらいで、何をこんなに張り切ってるんだか。
密かにこめかみを押さえながら、ピュンマは大きく息をついた。
すると。
「ついでに、日本酒とイワンのミルクもよろしくねー?」
既に姿を消した二人に追い打ちをかけるような台詞を投げかける涼しい声が、彼の後ろから飛ばされた。きっとテレパシー
と併用だ。お子様達には届いている、ハズ。
だけど…
「今回の買い物の趣旨は、何なのか、な…? 周…」
チラリと疑問に思ったことを、ピュンマは追い打ちを掛けた張本人に振った。
ん? と呆れた視線に気づいて、張本人────周は振り返る。
が。
「趣旨ぃ? そんなモノ、ない」
と、いとも簡単に結論を出されてしまった。
ますます、ピュンマは頭を抱える。と同時に、心の底から騙された、という気分に陥ってしまった。
そう、何故ピュンマがこのメンツと快く一緒にやって来たかというと……最初に誘ってきたのがジェットだったから、である。
『買い出し、行かねぇ?』と、言われたまでは、よかった。
しかし二つ返事をした矢先、『おーい周ぇ。荷物持ち一人確保したぜ!』とジェットは助かったとばかりに叫ぶ叫ぶ。
すると一瞬間をおいて────すうっと、宙から元締めが現れたのだった。
こうなると、もう逃げるわけにはいかない。というか…逃げられない。
軽はずみに返事をしたことを後悔しながらも、ピュンマはジェット、周、クロウディアと共に車に乗り込み…そして現在に、至る。
今日はギルモアも学会でいないし、グレートと張大人はいつものように店だし、ジェロニモは帰っちゃったし、ジョーとフランソ
ワーズはイワンを連れて出かけちゃったし。
……更にはアルベルトまで、本屋にトンズラ。
結局残っていたのがこのメンツなので、ピュンマが強制連行されても無理はない…のかもしれない。
というか…
「……趣旨もないのに買い物するのかい?」
「理由なんて思いついたもん勝ち」
「それって…」
『言い訳』・『屁理屈』の類に値しませんか…?
ってーか、どっちかと言うと、アナタは何でもかんでも威圧して筋を通す…というか、皆様を丸め込みそうな気がします…
若干名、丸め込まれそうにない人間はいますが…
「まあ、いいじゃない?」
抑揚のない声で言うと、周はカゴを持ってピュンマの横をすうっと通り抜けた。
「たまにはぶらっと出かけて、ぶらっと買い物するのも、ね。そうこうしているうちに理由なんて思いつくモノ、だわ」
人間そんなもんよ、と、野菜を一つ一つ手に取りながらの彼女の発言に、ピュンマはボリボリと頭を掻く。
留守番を引き受けて外出組を送り出したにもかかわらず、この状態。勝手に家を空けてしまっては、説得力がなさ過ぎる。
どうも……危険極まりない状況、かもれない。
だが、そんなピュンマをよそに、周はもう20メートルぐらい先の売り場を歩いていた。
慌てて追いかけても、彼女は素晴らしくてきぱきした様子で物品を選んでは移動していくので、少しよそ見をしていよう
ものならもういない、という状況が、かなりの間、続いた。
さすが、亀の甲より(以下自粛)……
「ねぇ8番目。魚、好き?」
「え? あぁ、うん」
「そ。じゃ、肉類は」
「食べる、けど」
「何か嫌いなモノ、ある?」
「それといって…」
「そう」
またしても抑揚のない声でたたみかけるように質問した周は、豪快に肉だの野菜だのをピュンマのカゴに放り込んだ。突然、
そして一気に重くなったカゴをピュンマは引きずるように運ぶが……周は、何処吹く風。
っていうか、アナタ。
『モノを粗末にするな』と散々言う割に、丼勘定、ですか……?
しかも、トドメに。
「必要そうなモノ、入れてみたから」
周は…
「後は───何とかして」
と、さらりと…言ってのけた。
それって…
「……『選んではやるが調理別』ってこと、かな…?」
「的確な表現だこと」
…ワケ、分かりません…
てっきり今晩の食事は周が作るのだろう、と当たり前のように思っていたのだが…世の中そんなに甘くない、らしい。
外出しているメンバーは当然外で食べてくるだろうし…つまりは……残る二人…ジェットとピュンマで何とかしろ、という
ことなのである。
ついでに作って帰ってよ、と言ってみたかったが、あくまで『言ってみたかっただけ』。
うっかり口にしようものならば…後の行程は火を見るようにあきらかで…
そんなこんなで、ピュンマが厭な緊張に縛られていたとき、
「まぁ、こんなもんかぁ?」
と、カートその一と合流した。
バカ陽気…もとい、ジェットの選定品は…何ぞ訳の分からないものばかり。インスタント食品から始まって、油の多そうな
総菜、鬼のような量のパンにピーナッツバター…
それを見た周の目が、すうっと細くなった。
ピュンマはその様子に、ビクリと身体を震わせる。
「やり直し」
「はぁーーー?!」
「誰がアンタの好みで統一してこいって言ったのよ」
スパンと……冷たく、それでいて静かに響いた、低い声。
だが、
「いーじゃんか! 今日はオレとピュンマしかいねぇんだしよっ!」
負けじと言い返すジェットも、ある意味、凄い。
しかし周はますます絶対零度の空気を漂わすと、こともあろうに…ガシッとジェットの鼻を、掴んだ。
「どの口が、そういうこと言うのかしらね」
「いってぇぇぇぇーー!! っていうか、そこは口じゃねぇ!」
「あーら、間違えたわ」
それでも周は…手を離さない。
「後々のこと考えなさい、バカ陽気。今日だけ良ければいいってものじゃないでしょうが。明日の朝・昼のことと、あの家の
人数と嗜好を計算に入れるのが常識じゃないかしらぁ?」
「…………ごめんなさい…」
思いっきり鼻を掴まれているジェットは、既に涙目状態。
密かに怯えたピュンマは、逃げ出したい気持ちを必死で抑えながら状況を見守った。というか、見守ることしか…出来なかった。
が、はたと気づいて、周のせいで重くなった自分のカゴに、目を向ける。
嗜好。
そういえば無造作に放り込まれたと思われた物は、よく見てみると…結構、あの家に住む者たちのことを考えてある食材
ばかり、かもしれない。ジョーはあの肉が好きとか、フランソワーズはあれが嫌いとか、すべてにおいてきちんと厳選されて
いる。
だから、付き合いの浅い自分に好き嫌いのことを聞いたのだ。てっきり今日の晩ご飯のことだけかと思っていたのだけれど。
さすがは(以下同文で更に自粛)………
思わず目を見張って、微妙に感動していると。
「やっほーうっ!!」
銀髪をなびかせたカートその二と、合流した。
そのカゴの中、は……その一に続いて、独断と偏見で選ばれた菓子や酒ばかり。
ピシッと──────再び空気が凍り付いた…ような気がした。
選び直しを命じられた二人が、やっとのことで合格をもらうと、お子様達は怒られたことなどすっかり吹き飛んだように、
帰りの車の後部座席で騒ぎ始めた。
助手席に座るピュンマは、気疲れのため、ぐったり。
隣では周が、いつもの表情で軽快に運転していた。
ピュンマは息をついて、窓の外に目を向けた。
道路脇の街路樹は、もう綺麗に色づき始め、季節の移り変わりを知らせている。
四季があるということは良いものだ、と何気なく思って口元に笑みを浮かべたとき、
「ねー周ぇ。せっかくだから、あそこ行かない?」
と、クロウディアが後部座席から顔を出した。
「『あそこ』? ああ、そうね」
「ね?! 時期がちょうどいいじゃない!」
「見頃、かな」
周は少し考えると、軽快にハンドルを切った。
「『あそこ』?」
ピュンマはクロウディアと周を交互に見つめた。
車は方向を変えている。ギルモア邸とは、少し逆、だ。
「何処行くんだよ」
首を傾げたジェットが、同じく顔を出して問いかけた。
周は微かに微笑むと、煙草に火を付ける。
「ま、行けば分かる」
車が止まった場所は、とても都内とは思えない場所だった。
静かな空間に聞こえるのは、鳥の鳴き声と木々のざわめき。周の自宅がある処よりは都会だが、少し似ているかもし
れない。
ピュンマが車を降りると、いきなり長い石段が彼を迎えた。
それはずっと、天に届くような高さまで続いて、側には……赤い鳥居?
…ここは。
「神社??」
そう、とある神社。
ここに何があるのか、とピュンマが首を傾げた時、周が先ほど買い込んだ荷物の中から一升瓶を取り出した。そして
嬉々としたクロウディアと共に、ゆっくりと長い長い石段を登り始めた。
訳が分からないまま顔を見合わせたジェットとピュンマは、数歩遅れて歩き出したが、何故か二人が早くて追いつけない。
ついには彼女達が頂上に消えてしまい、その背を追って辿り着いた先で。
目にしたもの、は。
見事なまでの、紅い風景───────
そう。
紅葉、だ。
まるで、小さな神社の本殿を囲むように広がった、素晴らしい、紅────
「すごい、ね」
思わず、ピュンマの口から、感嘆の声が漏れた。
春の桜と同様、秋の紅葉がこれほどのものとは思わなかった。
更に日本古来の建物と見事に重なるそのさまは。
まさに。
絵の中の風景……
「ね? 凄いでしょ? ここはね、周が教えてくれたの」
満足げに、クロウディアは呆気にとられている男二人へ振り返った。
その案内人の周はというと、境内に入って神前に一升瓶を供えていた。そして軽く柏手を打つと、静かに手を合わせて、
目を閉じて。
澄んだ静寂を、その場に呼び込ませた。
何か考えているのか。祈っているのか。
それとも、全くの無心なのか。
その横顔を見ても、ピュンマには分からない。
もともとこの女性は何も表情に出さないから、何を考えているのか、何がしたいのか、今も分からないけど。
桜といい、紅葉といい。
これほどに日本の四季が似合っているひとは、いない、と。
ピュンマは、密かに感じた。
ジョーと同じ、優しい顔立ち。
ジョーと同じに、漂う儚さ。
こんなにも、その「儚さ」が似合ってしまうと…
何だか、切ない────────
何だか妙に寂しくなって、ピュンマが俯いたとき。
「さ、お供えは終わったし?」
と、唐突に周が振り向いた。
かと思うと。
「紅葉でも愛でながら一杯やんない?」
さっきまで神前に供えていた一升瓶の栓を………スポンと、抜いた。
「待ってましたー!!」
「いいとこあるじゃんか、周!!」
……お子様達、大喜び。
更には神前に重ねてあった御神酒用の杯を失敬。あっという間に酒の注がれたそれが、ピュンマの手に乗せられた。
「バチがあたるよ…」
「その時はその時」
しれっとして言い放つと、周は愉快そうに笑った。
「うめー! これ!」
「でしょ? あたしの趣味よーん♪」
「しっかし絶景に囲まれて酒とはいいねぇ。トンズラしているオッサンあたり、脳波通信で招集かけるかー?」
「あ、ウチのパパー?」
「やめてちょうだい。酒が不味くなる」
もう既に、神様の前で、酒盛り状態。
って、アナタたち、昼間から…
しかも、誰が運転して帰るんですか……?
唖然としたピュンマは、大きく息をついた。
その彼の頬を、秋の涼しい風が、優しく撫でていく。
ひらりと。
白い杯に、紅葉が浮かんだ。
清々しい秋風の中そよぐ、色づいた木々、は。
植物たちが冬の眠りにつく前に咲かせる、命の、色。
ピュンマは今一度、見事な紅葉の風景に目を向けた。
こうして。
季節は巡ってゆく。
絶え間なく。永久に。
その時々に、命を咲かせながら。
「ねえ、周」
「んー?」
「さっき、『バチが当たったら、その時はその時』って言ったよね」
「それが?」
「『その時』になったら、どうするんだい?」
「そうね」
にやり、と。杯を含んだ赤い唇が、笑った。
「閻魔サマのところにでも逃げようかな」
<了>
凛樹館のjuiさまに貢物をしたら、お礼にといただきました。海老で鯛を釣ったとは正にこのこと。
拝読したら無性に紅葉を見に行きたくなりました。<酒盛りしたいだけ?・・・かもしれない。
今までピュンマは周に散々な目に遭わされているんですが(生命の危機を感じた 2回 子守りを押し付けられた 1回・・・あとありましたっけ?>juiさま)、だから彼女に対して警戒を解けないんでしょうね。( ̄m ̄* )ムフッ♪
紅葉シーンの周に惚れ。特にお祈りする姿など想像すると、絵になるだろうな・・・と。 今回は4番さんがご一緒じゃありませんでしたが、次回は是非ご一緒に! 神前「サシ」もよろしいのではないかと。
・・・・・っと、殺気を感じましたのでこれにて逃亡。juiさま本当にありがとうございましたァァ。
jui様からいただきました
周 クロウディア 2 8
何気ない彼らの日常。
8が被害者になるのはお約束。
周 クロウディア 2 8
何気ない彼らの日常。
8が被害者になるのはお約束。
時に場所は、某大型スーパーマーケット。
そこに…
「何にしよっかなぁ♪」
キラキラと目を輝かせる、銀髪娘が、一匹。
そして。
「酒だ、酒!」
訳の分からない気合いに溢れている、立派なお鼻の青年も、一匹。
「「レッツゴー!!」」
途端に威勢の良い奇声が上がったかと思うと、徒競走かの勢いでカート押していく妙な毛色の二匹…もとい、
青年少女は、あっという間に売り場へと消えていった。
買い物かご片手に、まるでフライングでもされたかのような状況に落とし込まれてしまったピュンマは、一拍おいて
吹いてきた風に容赦なく晒される。そう、まるで快速電車が目の前を通り過ぎていった後、遅れて吹き込んでくるあの
風のようだった。
買い物ぐらいで、何をこんなに張り切ってるんだか。
密かにこめかみを押さえながら、ピュンマは大きく息をついた。
すると。
「ついでに、日本酒とイワンのミルクもよろしくねー?」
既に姿を消した二人に追い打ちをかけるような台詞を投げかける涼しい声が、彼の後ろから飛ばされた。きっとテレパシー
と併用だ。お子様達には届いている、ハズ。
だけど…
「今回の買い物の趣旨は、何なのか、な…? 周…」
チラリと疑問に思ったことを、ピュンマは追い打ちを掛けた張本人に振った。
ん? と呆れた視線に気づいて、張本人────周は振り返る。
が。
「趣旨ぃ? そんなモノ、ない」
と、いとも簡単に結論を出されてしまった。
ますます、ピュンマは頭を抱える。と同時に、心の底から騙された、という気分に陥ってしまった。
そう、何故ピュンマがこのメンツと快く一緒にやって来たかというと……最初に誘ってきたのがジェットだったから、である。
『買い出し、行かねぇ?』と、言われたまでは、よかった。
しかし二つ返事をした矢先、『おーい周ぇ。荷物持ち一人確保したぜ!』とジェットは助かったとばかりに叫ぶ叫ぶ。
すると一瞬間をおいて────すうっと、宙から元締めが現れたのだった。
こうなると、もう逃げるわけにはいかない。というか…逃げられない。
軽はずみに返事をしたことを後悔しながらも、ピュンマはジェット、周、クロウディアと共に車に乗り込み…そして現在に、至る。
今日はギルモアも学会でいないし、グレートと張大人はいつものように店だし、ジェロニモは帰っちゃったし、ジョーとフランソ
ワーズはイワンを連れて出かけちゃったし。
……更にはアルベルトまで、本屋にトンズラ。
結局残っていたのがこのメンツなので、ピュンマが強制連行されても無理はない…のかもしれない。
というか…
「……趣旨もないのに買い物するのかい?」
「理由なんて思いついたもん勝ち」
「それって…」
『言い訳』・『屁理屈』の類に値しませんか…?
ってーか、どっちかと言うと、アナタは何でもかんでも威圧して筋を通す…というか、皆様を丸め込みそうな気がします…
若干名、丸め込まれそうにない人間はいますが…
「まあ、いいじゃない?」
抑揚のない声で言うと、周はカゴを持ってピュンマの横をすうっと通り抜けた。
「たまにはぶらっと出かけて、ぶらっと買い物するのも、ね。そうこうしているうちに理由なんて思いつくモノ、だわ」
人間そんなもんよ、と、野菜を一つ一つ手に取りながらの彼女の発言に、ピュンマはボリボリと頭を掻く。
留守番を引き受けて外出組を送り出したにもかかわらず、この状態。勝手に家を空けてしまっては、説得力がなさ過ぎる。
どうも……危険極まりない状況、かもれない。
だが、そんなピュンマをよそに、周はもう20メートルぐらい先の売り場を歩いていた。
慌てて追いかけても、彼女は素晴らしくてきぱきした様子で物品を選んでは移動していくので、少しよそ見をしていよう
ものならもういない、という状況が、かなりの間、続いた。
さすが、亀の甲より(以下自粛)……
「ねぇ8番目。魚、好き?」
「え? あぁ、うん」
「そ。じゃ、肉類は」
「食べる、けど」
「何か嫌いなモノ、ある?」
「それといって…」
「そう」
またしても抑揚のない声でたたみかけるように質問した周は、豪快に肉だの野菜だのをピュンマのカゴに放り込んだ。突然、
そして一気に重くなったカゴをピュンマは引きずるように運ぶが……周は、何処吹く風。
っていうか、アナタ。
『モノを粗末にするな』と散々言う割に、丼勘定、ですか……?
しかも、トドメに。
「必要そうなモノ、入れてみたから」
周は…
「後は───何とかして」
と、さらりと…言ってのけた。
それって…
「……『選んではやるが調理別』ってこと、かな…?」
「的確な表現だこと」
…ワケ、分かりません…
てっきり今晩の食事は周が作るのだろう、と当たり前のように思っていたのだが…世の中そんなに甘くない、らしい。
外出しているメンバーは当然外で食べてくるだろうし…つまりは……残る二人…ジェットとピュンマで何とかしろ、という
ことなのである。
ついでに作って帰ってよ、と言ってみたかったが、あくまで『言ってみたかっただけ』。
うっかり口にしようものならば…後の行程は火を見るようにあきらかで…
そんなこんなで、ピュンマが厭な緊張に縛られていたとき、
「まぁ、こんなもんかぁ?」
と、カートその一と合流した。
バカ陽気…もとい、ジェットの選定品は…何ぞ訳の分からないものばかり。インスタント食品から始まって、油の多そうな
総菜、鬼のような量のパンにピーナッツバター…
それを見た周の目が、すうっと細くなった。
ピュンマはその様子に、ビクリと身体を震わせる。
「やり直し」
「はぁーーー?!」
「誰がアンタの好みで統一してこいって言ったのよ」
スパンと……冷たく、それでいて静かに響いた、低い声。
だが、
「いーじゃんか! 今日はオレとピュンマしかいねぇんだしよっ!」
負けじと言い返すジェットも、ある意味、凄い。
しかし周はますます絶対零度の空気を漂わすと、こともあろうに…ガシッとジェットの鼻を、掴んだ。
「どの口が、そういうこと言うのかしらね」
「いってぇぇぇぇーー!! っていうか、そこは口じゃねぇ!」
「あーら、間違えたわ」
それでも周は…手を離さない。
「後々のこと考えなさい、バカ陽気。今日だけ良ければいいってものじゃないでしょうが。明日の朝・昼のことと、あの家の
人数と嗜好を計算に入れるのが常識じゃないかしらぁ?」
「…………ごめんなさい…」
思いっきり鼻を掴まれているジェットは、既に涙目状態。
密かに怯えたピュンマは、逃げ出したい気持ちを必死で抑えながら状況を見守った。というか、見守ることしか…出来なかった。
が、はたと気づいて、周のせいで重くなった自分のカゴに、目を向ける。
嗜好。
そういえば無造作に放り込まれたと思われた物は、よく見てみると…結構、あの家に住む者たちのことを考えてある食材
ばかり、かもしれない。ジョーはあの肉が好きとか、フランソワーズはあれが嫌いとか、すべてにおいてきちんと厳選されて
いる。
だから、付き合いの浅い自分に好き嫌いのことを聞いたのだ。てっきり今日の晩ご飯のことだけかと思っていたのだけれど。
さすがは(以下同文で更に自粛)………
思わず目を見張って、微妙に感動していると。
「やっほーうっ!!」
銀髪をなびかせたカートその二と、合流した。
そのカゴの中、は……その一に続いて、独断と偏見で選ばれた菓子や酒ばかり。
ピシッと──────再び空気が凍り付いた…ような気がした。
選び直しを命じられた二人が、やっとのことで合格をもらうと、お子様達は怒られたことなどすっかり吹き飛んだように、
帰りの車の後部座席で騒ぎ始めた。
助手席に座るピュンマは、気疲れのため、ぐったり。
隣では周が、いつもの表情で軽快に運転していた。
ピュンマは息をついて、窓の外に目を向けた。
道路脇の街路樹は、もう綺麗に色づき始め、季節の移り変わりを知らせている。
四季があるということは良いものだ、と何気なく思って口元に笑みを浮かべたとき、
「ねー周ぇ。せっかくだから、あそこ行かない?」
と、クロウディアが後部座席から顔を出した。
「『あそこ』? ああ、そうね」
「ね?! 時期がちょうどいいじゃない!」
「見頃、かな」
周は少し考えると、軽快にハンドルを切った。
「『あそこ』?」
ピュンマはクロウディアと周を交互に見つめた。
車は方向を変えている。ギルモア邸とは、少し逆、だ。
「何処行くんだよ」
首を傾げたジェットが、同じく顔を出して問いかけた。
周は微かに微笑むと、煙草に火を付ける。
「ま、行けば分かる」
車が止まった場所は、とても都内とは思えない場所だった。
静かな空間に聞こえるのは、鳥の鳴き声と木々のざわめき。周の自宅がある処よりは都会だが、少し似ているかもし
れない。
ピュンマが車を降りると、いきなり長い石段が彼を迎えた。
それはずっと、天に届くような高さまで続いて、側には……赤い鳥居?
…ここは。
「神社??」
そう、とある神社。
ここに何があるのか、とピュンマが首を傾げた時、周が先ほど買い込んだ荷物の中から一升瓶を取り出した。そして
嬉々としたクロウディアと共に、ゆっくりと長い長い石段を登り始めた。
訳が分からないまま顔を見合わせたジェットとピュンマは、数歩遅れて歩き出したが、何故か二人が早くて追いつけない。
ついには彼女達が頂上に消えてしまい、その背を追って辿り着いた先で。
目にしたもの、は。
見事なまでの、紅い風景───────
そう。
紅葉、だ。
まるで、小さな神社の本殿を囲むように広がった、素晴らしい、紅────
「すごい、ね」
思わず、ピュンマの口から、感嘆の声が漏れた。
春の桜と同様、秋の紅葉がこれほどのものとは思わなかった。
更に日本古来の建物と見事に重なるそのさまは。
まさに。
絵の中の風景……
「ね? 凄いでしょ? ここはね、周が教えてくれたの」
満足げに、クロウディアは呆気にとられている男二人へ振り返った。
その案内人の周はというと、境内に入って神前に一升瓶を供えていた。そして軽く柏手を打つと、静かに手を合わせて、
目を閉じて。
澄んだ静寂を、その場に呼び込ませた。
何か考えているのか。祈っているのか。
それとも、全くの無心なのか。
その横顔を見ても、ピュンマには分からない。
もともとこの女性は何も表情に出さないから、何を考えているのか、何がしたいのか、今も分からないけど。
桜といい、紅葉といい。
これほどに日本の四季が似合っているひとは、いない、と。
ピュンマは、密かに感じた。
ジョーと同じ、優しい顔立ち。
ジョーと同じに、漂う儚さ。
こんなにも、その「儚さ」が似合ってしまうと…
何だか、切ない────────
何だか妙に寂しくなって、ピュンマが俯いたとき。
「さ、お供えは終わったし?」
と、唐突に周が振り向いた。
かと思うと。
「紅葉でも愛でながら一杯やんない?」
さっきまで神前に供えていた一升瓶の栓を………スポンと、抜いた。
「待ってましたー!!」
「いいとこあるじゃんか、周!!」
……お子様達、大喜び。
更には神前に重ねてあった御神酒用の杯を失敬。あっという間に酒の注がれたそれが、ピュンマの手に乗せられた。
「バチがあたるよ…」
「その時はその時」
しれっとして言い放つと、周は愉快そうに笑った。
「うめー! これ!」
「でしょ? あたしの趣味よーん♪」
「しっかし絶景に囲まれて酒とはいいねぇ。トンズラしているオッサンあたり、脳波通信で招集かけるかー?」
「あ、ウチのパパー?」
「やめてちょうだい。酒が不味くなる」
もう既に、神様の前で、酒盛り状態。
って、アナタたち、昼間から…
しかも、誰が運転して帰るんですか……?
唖然としたピュンマは、大きく息をついた。
その彼の頬を、秋の涼しい風が、優しく撫でていく。
ひらりと。
白い杯に、紅葉が浮かんだ。
清々しい秋風の中そよぐ、色づいた木々、は。
植物たちが冬の眠りにつく前に咲かせる、命の、色。
ピュンマは今一度、見事な紅葉の風景に目を向けた。
こうして。
季節は巡ってゆく。
絶え間なく。永久に。
その時々に、命を咲かせながら。
「ねえ、周」
「んー?」
「さっき、『バチが当たったら、その時はその時』って言ったよね」
「それが?」
「『その時』になったら、どうするんだい?」
「そうね」
にやり、と。杯を含んだ赤い唇が、笑った。
「閻魔サマのところにでも逃げようかな」
<了>
凛樹館のjuiさまに貢物をしたら、お礼にといただきました。海老で鯛を釣ったとは正にこのこと。
拝読したら無性に紅葉を見に行きたくなりました。<酒盛りしたいだけ?・・・かもしれない。
今までピュンマは周に散々な目に遭わされているんですが(生命の危機を感じた 2回 子守りを押し付けられた 1回・・・あとありましたっけ?>juiさま)、だから彼女に対して警戒を解けないんでしょうね。( ̄m ̄* )ムフッ♪
紅葉シーンの周に惚れ。特にお祈りする姿など想像すると、絵になるだろうな・・・と。 今回は4番さんがご一緒じゃありませんでしたが、次回は是非ご一緒に! 神前「サシ」もよろしいのではないかと。
・・・・・っと、殺気を感じましたのでこれにて逃亡。juiさま本当にありがとうございましたァァ。
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