春先の憂鬱な行事 (お笑い/
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「ふう・・・・・」
愛車の前でフランソワーズは今日一番の大きな溜息を漏らした。
冬が終り、春がやってくるこの時期、日差しが明るくなり、花もちらほら咲きはじめ、誰もが心躍る季節なのに・・・。たった1つだけ嫌なことがある。
それは ――― タイヤ交換。
夏タイヤから冬タイヤへの交換は、毎年ジョーがやってくれる。
彼女はただ横でニッコリ微笑んでいればいいのだ。
だが春先のこの時期、頼みの彼はレースで海外。頼ることが出来ない。
「だったらガソリンスタンドに持っていけばいいじゃない?」
彼女の愚痴を聞いて、彼は微笑みながらそう言っていたけれど ――
ひと冬走り抜けたタイヤ4本を狭い車に押し込めるように乗せれば、どんなに注意したって車内はかなり汚れる。タイヤがつけた車内のあちらこちらの黒ずみを、ひとつひとつ丁寧に掃除することを思えば、自分でタイヤ交換をしたほうが遥かに楽、のはず。というわけで、彼女は今年もこの気の重い作業を1人でしていたのだった。
「じゃあ、はじめようか・・な・・・」
浮かない顔で軍手をはめて、ホイールキャップを外した。
「まずは、ジャッキで車を上げて・・・・」
手順を間違えないように、教えてもらった方法を呟きながら作業を行う。
ジャッキを車の下にもぐりこませるように差し入れ、シャフトを回して車体下の溝にあてがった。次にレンチをシャフトにはめ込むと、ひたすらそれを右回してジャッキアップする。タイヤが地面から離れる直前まで車体を持ち上げたところで、作業を一旦終える。
「えぇっと、次はネジよね」
彼女はジャッキに取り付けてあったレンチを外し、それをホイールナットにはめると、やおら立ち上がり、レンチのグリップ部分に乗り上がった。車のボンネットに両手を付き、細いグリップの上でバランスが崩れないように細心の注意を払いながら、2,3回ジャンプして体重をグリップにかける――すると、ゆっくりナットが緩み出した。これをナットの本数分、つまり4回繰り返す。
ホイールナットが全て緩んだことを確認して、また車のジャッキアップを始める。
タイヤが完全に宙に浮くまで車体を上げるのだが、これが上がりそうで上がらない。要領が悪いのも手伝って、なかなか車は持ち上がってはくれない。
「コツをつかめば簡単」ってジョーは言っていたけれど、何度やっても「コツ」とやらがつかめない。自分はサイボーグだから、”並み”の人間に比べれば楽なのかもしれないけれど・・・。
ひたすらジャッキを回し続ける。手はしびれ、腕が痛くなってくる。
ようやくタイヤが宙に浮かんだところで、再びレンチをホイールナットにはめ、それらを全て取り外す。
そしていよいよ、重い冬タイヤを抱きかかえるように持ち、そっと手前に引く。
ゆっくり、ゆっくり外していたタイヤが外れた瞬間、それはボルトの支えを失い、重みが全て彼女の細い腕に掛かった。
「きゃあ!!」
タイヤの重みにフランソワーズはよろけて、しりもちをついた。
その拍子にタイヤは彼女の腕を離れ、くるくると1人地面を転がる。
次の瞬間、どすーーん、と鈍い音がガレージに響き渡り、タイヤが横倒しになり、ガレージが静かになった。
これで・・・、これでやっとタイヤ1本が外れたのである。(涙)
次に彼女は夏タイヤを1本持ち上げ、慣れない手つきで車にはめる。
(※本来ならば、夏タイヤをつける手順もここに書くべきであるが、書いていてうんざりしてきたので省略します)
・・・・兎に角、タイヤ交換とは、かくも大変な作業である。
「やっと1本・・・・。えぇ!あと3本もあるの?」
彼女は途方に暮れた。
ここは藤沢。雪などほとんど降らないが、それでも全く降らない訳ではない。(※ 本当のところは知りません。ごめんなさい)夏タイヤで一年中走りたいのに、「万が一のときに危険だから」とジョーが許してくれない。
「いっそのこと冬タイヤで一年中走ってちゃダメなのかなぁ・・・・」
フランソワーズの口から愚痴が垂れ落ちる。(※ 「冬タイヤで一年中走り続ける」 私はやったことがあります。恐ろしい勢いでタイヤが減ります)
3本のタイヤを呆然と見つめるだけで、時間はどんどん過ぎる。
こんなことならやっぱりガソリンスタンドに行けばよかった・・・と後悔しても後の祭り。
神様が助けてはくれないかしら?
ジョーが加速装置を使って手伝いに帰ってきてくれてもいいわ。
誰か、誰でもいいから手伝って!!
眠りの真っ最中のイワンでさえも起こしてしまおうか、彼女がそう思った、その時、
「♪」
そう、昨日メンテナンスで帰ってきた「仲間」のことをすっかり忘れていた。
彼だったら、タイヤ交換なんて苦にもならないに違いない。
思い出したら居ても立っても居られなくなり、彼女はリビングへと走っていった。
「ジェ・ロ・二・モ ♪」
扉のところから顔だけのぞかせて、紅一点の仲間がニコニコしている。
その、底抜けに明るい笑顔に、何か引っかかるものを感じながらも、「なんだ?」と彼は返事をした。
「あのねー、手伝って欲しいの、タイヤ交換。私1人じゃ大変で・・・」
彼は無言でソファーから立ち上がり、ガレージへと向かった。
「タイヤ交換」と聞いたジェロニモの瞳の奥が、僅かにキラリと光ったことを彼女は知る由も無かった。
フランソワーズの愛車の前でジェロニモは鋭い視線を崩さずにいた。
「で・・・。どうしたいんだ?」
「あのね、冬タイヤを外して、夏タイヤにしたいの」
「わかった。でタイヤローテーションはちゃんとしてるのか?」
「なに?それ」
屈託の無いフランソワーズの表情にジェロニモの眉間に皺がよる。
「そうか・・・ならいい」
彼は心なしか不機嫌な様子を浮かべた。
話をしていても拉致が開かないと判断したのか、ジェロニモは自らタイヤの減り具合を確認する。
「なるほど・・・。で、輪留めが無いようだが?」
彼は不可解といった表情でフランソワーズを振り返った。
「輪留め? 必要なの?」
彼女のその一言に、彼の表情がにわかに厳しくなり、強い口調で言い放った。
「しっかりするんだ003!」
「はぁ?」
(なんでこんなところでコードネームで呼ばれちゃうの? しかも、『しっかりするんだ』って・・・・・、なに?)
途方に暮れる彼女に構うことなく、彼は道具箱から輪留めを出し、タイヤの後ろに置いた。
準備が整ったところで、彼は作業に取り掛かろうとした。
「あっ、レンチとジャッキ」フランソワーズは我に返り、工具を手渡そうとする。
「そんなものは要らない!」依然として厳しい目つきで、彼女を射る。
フランソワーズはその厳しい視線に凍りついた。
彼は右手の指の先を引っ掛けるようにして、ホイールキャップを外し、ナットを軽々緩めた。フランソワーズが全体重をかけて緩めたナットを指先で、まるでペットボトルのキャップを開けるかのように緩めているのである。
次に、左手を車体下へ入れると、いとも簡単にそれを持ち上げた。
(すごい、すごいわ、ジェロニモ!!!!)
彼を呼んで来てよかった。フランソワーズは心の底から自分の選択の正しさを誉めていた。
(※ 誉められるのはジェロニモであってフランソワーズではないと思うが、この際気にしないでください)
車を持ち上げ、ナットを取り払った彼は、そのままタイヤをわしづかみにするように外した。
さらに彼の脇に置いてあった夏タイヤのネジ穴へ指を差込み、そのまま車に取り付ける。
冬タイヤが次々と夏タイヤに衣替えされていく。
(あぁ、ジョーがするよりも断然早い! なんで今までこのことに気付かなかったんだろう?)
ものの5分でタイヤは全て交換されていた。
「これで終りだな」
「えぇ。ありがとう」
「で、空気圧はいくつなんだ?」
「空気圧?知らないわ、それはガソリンスタンドでやってもらうし・・・・(⌒-⌒)」
そんな数値はいちいち覚えていなくたっていいじゃない♪ といった軽いノリにジェロニモの眉がつり上がった。
「しっかりしろ!003!!」
先ほどの叱責よりも数段厳しい口調で彼は言い放った。
(また・・・・また呼称コードで呼ばれた・・・・)
軽い目眩が彼女を襲う。
空気圧の設定値など言える女性はそうそういない。
車の運転席側のドアのところに書かれていることだって知っている人は少ないのに。
(わたし、なんで怒られてるんだろう?)
というか、タイヤ交換を頼んだときからジェロニモの様子がおかしい。
呆然と立ち尽くす彼女を無視するように、ジェロニモは運転席側のドアを開き空気圧を確認すると、ポケットの中からチューブを取り出した。チューブをタイヤの空気穴に入れ、片方の端を口にくわえて空気を入れ始めた。
「無茶よ、ジェロニモ」彼女は笑いながら制止したが、
「いいから、黙ってろ!」彼の怒声に気おされて黙るしかなかった。
ジェロニモはまるで紙風船でも膨らますかのような息遣いでタイヤに空気を入れ始めた。
「2.2キロ、丁度だ」
「は?」
「だから、空気圧を設定値に調整した」
レギュレーターも使わずに・・・なんであなたにそんなことができるの? 第一、なんでゴムチューブがポケットに入っているの?・・・という彼女の当然の疑問は、しかし、ジェロニモの鋭い視線に押し留められた。
出来るものは、出来る。それ以上でもそれ以下でもない。
彼女が何も言わなくても、黙々とタイヤを洗い、片付けるジェロニモ。
最後に彼女の愛車を少しだけ重そうな顔をして、といってもせいぜい10kgの米を持ち上げるような感じで、持ち上げ、ガレージの所定の場所へ置いた。
「・・・ありがとう」
「どうってことはない」
「ジェロニモってもしかして・・・」
「なんだ?」
「・・・ううん、何でもないわ。とにかくお茶にしましょう、疲れたでしょ」
フランソワーズは有無を言わせない笑みを浮かべて、ジェロニモをリビングへと追い立てた。
その後リビングではフランソワーズの入れた紅茶で和やかなティータイムが始まったのだった。
お茶を飲みながらフランソワーズ先ほど言いかけた一言を思い起こしていた。
(ジェロニモの開発コンセプトは、戦闘用武器ではなくて、ガソリンスタンド用途じゃないのかしら?)
さらに無言で紅茶を飲むジェロニモを見つめながら、考えを広げていく。
第2世代の5人がが改造されたのは冷戦終了後。
死の商人と呼ばれるブラックゴーストも、新しいビジネスチャンスを見出すために、新コンセプトのサイボーグを開発したとしても不思議ではない。
もしかしたら、張大人が料理上手なのも改造の結果かもしれない。
そういえば、グレートの変身能力は武器というより、エンターテイメント。
ピュンマの水中活動はライフセーバーの役割を果たしえる。
ジョーの天然だって、改造の産物かも・・・癒し系キャラとしては最高だわ。
(あなどれないわね・・・ブラックゴースト)
紅茶を一口飲んで、彼女は溜息をついた。
(とにかく、今日のことはジョーとジェットには黙っておかなきゃ、スタッフにジェロニモを連れて行かれたらたまらないもの♪)
のどかな昼下がりの出来事だった。
追記1
平和的活用であっても、サイボーグへの改造は本人の承諾が必要です。
良い子の皆さんはまねしないでください。
追記2
というより、我が家にも来てください。ジェロニモ様、大歓迎します。
追記3
ここまでお付き合いくださった方、こんな話を読んで頂いてありがとうございます。
お馬鹿な話でごめんなさい。
そして ――
ジェロニモ様、フランちゃん、ジョー君のファンの皆様、本当にごめんなさい。
北国に住んでますので、年2回のタイヤ交換は必須です。
2000円もあれば交換してもらえるんですが、狭い車内にタイヤを乗せるのが嫌で、自分でせっせと交換してます。
今年もやったんですが、いや、大変でした。
私の気持ちをフランちゃんに代弁してもらった次第です。
本当にジェロニモさん、手伝ってください!(懇願)
(03年4月14日 NBG様に投稿)
お嬢さんを悩ます年に2回の行事とは。
ジェロニモさんが意外な能力を発揮してくださいます。
そして、BGの新しい野望が今、明らかに。(嘘)
ジェロニモさんが意外な能力を発揮してくださいます。
そして、BGの新しい野望が今、明らかに。(嘘)
「ふう・・・・・」
愛車の前でフランソワーズは今日一番の大きな溜息を漏らした。
冬が終り、春がやってくるこの時期、日差しが明るくなり、花もちらほら咲きはじめ、誰もが心躍る季節なのに・・・。たった1つだけ嫌なことがある。
それは ――― タイヤ交換。
夏タイヤから冬タイヤへの交換は、毎年ジョーがやってくれる。
彼女はただ横でニッコリ微笑んでいればいいのだ。
だが春先のこの時期、頼みの彼はレースで海外。頼ることが出来ない。
「だったらガソリンスタンドに持っていけばいいじゃない?」
彼女の愚痴を聞いて、彼は微笑みながらそう言っていたけれど ――
ひと冬走り抜けたタイヤ4本を狭い車に押し込めるように乗せれば、どんなに注意したって車内はかなり汚れる。タイヤがつけた車内のあちらこちらの黒ずみを、ひとつひとつ丁寧に掃除することを思えば、自分でタイヤ交換をしたほうが遥かに楽、のはず。というわけで、彼女は今年もこの気の重い作業を1人でしていたのだった。
「じゃあ、はじめようか・・な・・・」
浮かない顔で軍手をはめて、ホイールキャップを外した。
「まずは、ジャッキで車を上げて・・・・」
手順を間違えないように、教えてもらった方法を呟きながら作業を行う。
ジャッキを車の下にもぐりこませるように差し入れ、シャフトを回して車体下の溝にあてがった。次にレンチをシャフトにはめ込むと、ひたすらそれを右回してジャッキアップする。タイヤが地面から離れる直前まで車体を持ち上げたところで、作業を一旦終える。
「えぇっと、次はネジよね」
彼女はジャッキに取り付けてあったレンチを外し、それをホイールナットにはめると、やおら立ち上がり、レンチのグリップ部分に乗り上がった。車のボンネットに両手を付き、細いグリップの上でバランスが崩れないように細心の注意を払いながら、2,3回ジャンプして体重をグリップにかける――すると、ゆっくりナットが緩み出した。これをナットの本数分、つまり4回繰り返す。
ホイールナットが全て緩んだことを確認して、また車のジャッキアップを始める。
タイヤが完全に宙に浮くまで車体を上げるのだが、これが上がりそうで上がらない。要領が悪いのも手伝って、なかなか車は持ち上がってはくれない。
「コツをつかめば簡単」ってジョーは言っていたけれど、何度やっても「コツ」とやらがつかめない。自分はサイボーグだから、”並み”の人間に比べれば楽なのかもしれないけれど・・・。
ひたすらジャッキを回し続ける。手はしびれ、腕が痛くなってくる。
ようやくタイヤが宙に浮かんだところで、再びレンチをホイールナットにはめ、それらを全て取り外す。
そしていよいよ、重い冬タイヤを抱きかかえるように持ち、そっと手前に引く。
ゆっくり、ゆっくり外していたタイヤが外れた瞬間、それはボルトの支えを失い、重みが全て彼女の細い腕に掛かった。
「きゃあ!!」
タイヤの重みにフランソワーズはよろけて、しりもちをついた。
その拍子にタイヤは彼女の腕を離れ、くるくると1人地面を転がる。
次の瞬間、どすーーん、と鈍い音がガレージに響き渡り、タイヤが横倒しになり、ガレージが静かになった。
これで・・・、これでやっとタイヤ1本が外れたのである。(涙)
次に彼女は夏タイヤを1本持ち上げ、慣れない手つきで車にはめる。
(※本来ならば、夏タイヤをつける手順もここに書くべきであるが、書いていてうんざりしてきたので省略します)
・・・・兎に角、タイヤ交換とは、かくも大変な作業である。
「やっと1本・・・・。えぇ!あと3本もあるの?」
彼女は途方に暮れた。
ここは藤沢。雪などほとんど降らないが、それでも全く降らない訳ではない。(※ 本当のところは知りません。ごめんなさい)夏タイヤで一年中走りたいのに、「万が一のときに危険だから」とジョーが許してくれない。
「いっそのこと冬タイヤで一年中走ってちゃダメなのかなぁ・・・・」
フランソワーズの口から愚痴が垂れ落ちる。(※ 「冬タイヤで一年中走り続ける」 私はやったことがあります。恐ろしい勢いでタイヤが減ります)
3本のタイヤを呆然と見つめるだけで、時間はどんどん過ぎる。
こんなことならやっぱりガソリンスタンドに行けばよかった・・・と後悔しても後の祭り。
神様が助けてはくれないかしら?
ジョーが加速装置を使って手伝いに帰ってきてくれてもいいわ。
誰か、誰でもいいから手伝って!!
眠りの真っ最中のイワンでさえも起こしてしまおうか、彼女がそう思った、その時、
「♪」
そう、昨日メンテナンスで帰ってきた「仲間」のことをすっかり忘れていた。
彼だったら、タイヤ交換なんて苦にもならないに違いない。
思い出したら居ても立っても居られなくなり、彼女はリビングへと走っていった。
「ジェ・ロ・二・モ ♪」
扉のところから顔だけのぞかせて、紅一点の仲間がニコニコしている。
その、底抜けに明るい笑顔に、何か引っかかるものを感じながらも、「なんだ?」と彼は返事をした。
「あのねー、手伝って欲しいの、タイヤ交換。私1人じゃ大変で・・・」
彼は無言でソファーから立ち上がり、ガレージへと向かった。
「タイヤ交換」と聞いたジェロニモの瞳の奥が、僅かにキラリと光ったことを彼女は知る由も無かった。
フランソワーズの愛車の前でジェロニモは鋭い視線を崩さずにいた。
「で・・・。どうしたいんだ?」
「あのね、冬タイヤを外して、夏タイヤにしたいの」
「わかった。でタイヤローテーションはちゃんとしてるのか?」
「なに?それ」
屈託の無いフランソワーズの表情にジェロニモの眉間に皺がよる。
「そうか・・・ならいい」
彼は心なしか不機嫌な様子を浮かべた。
話をしていても拉致が開かないと判断したのか、ジェロニモは自らタイヤの減り具合を確認する。
「なるほど・・・。で、輪留めが無いようだが?」
彼は不可解といった表情でフランソワーズを振り返った。
「輪留め? 必要なの?」
彼女のその一言に、彼の表情がにわかに厳しくなり、強い口調で言い放った。
「しっかりするんだ003!」
「はぁ?」
(なんでこんなところでコードネームで呼ばれちゃうの? しかも、『しっかりするんだ』って・・・・・、なに?)
途方に暮れる彼女に構うことなく、彼は道具箱から輪留めを出し、タイヤの後ろに置いた。
準備が整ったところで、彼は作業に取り掛かろうとした。
「あっ、レンチとジャッキ」フランソワーズは我に返り、工具を手渡そうとする。
「そんなものは要らない!」依然として厳しい目つきで、彼女を射る。
フランソワーズはその厳しい視線に凍りついた。
彼は右手の指の先を引っ掛けるようにして、ホイールキャップを外し、ナットを軽々緩めた。フランソワーズが全体重をかけて緩めたナットを指先で、まるでペットボトルのキャップを開けるかのように緩めているのである。
次に、左手を車体下へ入れると、いとも簡単にそれを持ち上げた。
(すごい、すごいわ、ジェロニモ!!!!)
彼を呼んで来てよかった。フランソワーズは心の底から自分の選択の正しさを誉めていた。
(※ 誉められるのはジェロニモであってフランソワーズではないと思うが、この際気にしないでください)
車を持ち上げ、ナットを取り払った彼は、そのままタイヤをわしづかみにするように外した。
さらに彼の脇に置いてあった夏タイヤのネジ穴へ指を差込み、そのまま車に取り付ける。
冬タイヤが次々と夏タイヤに衣替えされていく。
(あぁ、ジョーがするよりも断然早い! なんで今までこのことに気付かなかったんだろう?)
ものの5分でタイヤは全て交換されていた。
「これで終りだな」
「えぇ。ありがとう」
「で、空気圧はいくつなんだ?」
「空気圧?知らないわ、それはガソリンスタンドでやってもらうし・・・・(⌒-⌒)」
そんな数値はいちいち覚えていなくたっていいじゃない♪ といった軽いノリにジェロニモの眉がつり上がった。
「しっかりしろ!003!!」
先ほどの叱責よりも数段厳しい口調で彼は言い放った。
(また・・・・また呼称コードで呼ばれた・・・・)
軽い目眩が彼女を襲う。
空気圧の設定値など言える女性はそうそういない。
車の運転席側のドアのところに書かれていることだって知っている人は少ないのに。
(わたし、なんで怒られてるんだろう?)
というか、タイヤ交換を頼んだときからジェロニモの様子がおかしい。
呆然と立ち尽くす彼女を無視するように、ジェロニモは運転席側のドアを開き空気圧を確認すると、ポケットの中からチューブを取り出した。チューブをタイヤの空気穴に入れ、片方の端を口にくわえて空気を入れ始めた。
「無茶よ、ジェロニモ」彼女は笑いながら制止したが、
「いいから、黙ってろ!」彼の怒声に気おされて黙るしかなかった。
ジェロニモはまるで紙風船でも膨らますかのような息遣いでタイヤに空気を入れ始めた。
「2.2キロ、丁度だ」
「は?」
「だから、空気圧を設定値に調整した」
レギュレーターも使わずに・・・なんであなたにそんなことができるの? 第一、なんでゴムチューブがポケットに入っているの?・・・という彼女の当然の疑問は、しかし、ジェロニモの鋭い視線に押し留められた。
出来るものは、出来る。それ以上でもそれ以下でもない。
彼女が何も言わなくても、黙々とタイヤを洗い、片付けるジェロニモ。
最後に彼女の愛車を少しだけ重そうな顔をして、といってもせいぜい10kgの米を持ち上げるような感じで、持ち上げ、ガレージの所定の場所へ置いた。
「・・・ありがとう」
「どうってことはない」
「ジェロニモってもしかして・・・」
「なんだ?」
「・・・ううん、何でもないわ。とにかくお茶にしましょう、疲れたでしょ」
フランソワーズは有無を言わせない笑みを浮かべて、ジェロニモをリビングへと追い立てた。
その後リビングではフランソワーズの入れた紅茶で和やかなティータイムが始まったのだった。
お茶を飲みながらフランソワーズ先ほど言いかけた一言を思い起こしていた。
(ジェロニモの開発コンセプトは、戦闘用武器ではなくて、ガソリンスタンド用途じゃないのかしら?)
さらに無言で紅茶を飲むジェロニモを見つめながら、考えを広げていく。
第2世代の5人がが改造されたのは冷戦終了後。
死の商人と呼ばれるブラックゴーストも、新しいビジネスチャンスを見出すために、新コンセプトのサイボーグを開発したとしても不思議ではない。
もしかしたら、張大人が料理上手なのも改造の結果かもしれない。
そういえば、グレートの変身能力は武器というより、エンターテイメント。
ピュンマの水中活動はライフセーバーの役割を果たしえる。
ジョーの天然だって、改造の産物かも・・・癒し系キャラとしては最高だわ。
(あなどれないわね・・・ブラックゴースト)
紅茶を一口飲んで、彼女は溜息をついた。
(とにかく、今日のことはジョーとジェットには黙っておかなきゃ、スタッフにジェロニモを連れて行かれたらたまらないもの♪)
のどかな昼下がりの出来事だった。
追記1
平和的活用であっても、サイボーグへの改造は本人の承諾が必要です。
良い子の皆さんはまねしないでください。
追記2
というより、我が家にも来てください。ジェロニモ様、大歓迎します。
追記3
ここまでお付き合いくださった方、こんな話を読んで頂いてありがとうございます。
お馬鹿な話でごめんなさい。
そして ――
ジェロニモ様、フランちゃん、ジョー君のファンの皆様、本当にごめんなさい。
北国に住んでますので、年2回のタイヤ交換は必須です。
2000円もあれば交換してもらえるんですが、狭い車内にタイヤを乗せるのが嫌で、自分でせっせと交換してます。
今年もやったんですが、いや、大変でした。
私の気持ちをフランちゃんに代弁してもらった次第です。
本当にジェロニモさん、手伝ってください!(懇願)
(03年4月14日 NBG様に投稿)
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