はじめてのお留守番(遥音10ヶ月 祈12ヶ月) (遠雷(ささげモノ)/
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赤ちゃんはどれくらい眠らなければいけないか
これに答えられるのは赤ちゃんだけです。ずいぶん眠らなければならない赤ちゃんもいるし、ほんの少しでいい赤ちゃんもいます。お腹がいっぱいで、新鮮な空気をいっぱい吸って気持ちよく寝ているのなら、寝たいだけ眠らせておけばいいのです。
小児科医 ドクタースポックの言葉である。
だから赤ちゃんの端くれであるボクは、日々 風の向くまま 気の向くまま 惰眠を貪っている。
みんなの話し声をBGMにウトウトすることもあるし、静かな部屋でぐっすり眠ることもある。
どちらもボクにとっては必要なことで、ミッションで全滅しそうなとき以外、ボクの眠りを妨げるのはご法度なのに・・・
ボクを呼ぶのは・・・だれ?
肩を揺さぶって・・・・
テレパシーでボクの脳を無理やり覚醒しようって・・・・ん?
テレパシー??
ボクはおそるおそる目を開け・・・・・そして盛大に溜息をついた。
はじめてのお留守番
ボクの目の前にいたのはフラン。そして隣には、
≪やっぱり君か狂星≫
≪あら、ずいぶんなご挨拶だこと≫
鈍色の瞳が挑戦的に笑う。おぉ、恐い恐い。
「あのね、イワン」
フランが申し訳なさそうにボクに顔を近づけた。あぁ、そうか、そうだよね。今は5月だ。
≪ワカッテルヨ、じょート祈ノ 誕生日ノ 準備ガアルンダネ≫
「そう、周と買い物。でもね時間がかかりそうだから祈と遥音を連れて行きたくないの。
だから・・・イワンにお留守番してもらえるとありがたいんだけど・・・」
他のみんなは?なんて間抜けなことを聞くボクじゃない。そんなことは既にお見通しだ。
だけどねボクだって一応は赤ん坊だよ。普通、赤ん坊が赤ん坊の子守りはしないだろう。
≪ヒドイヨ、ボクは庇護が必要な赤ん坊なんだよ≫
ボクの抗議に周がニヤリと笑った。
「赤ん坊って言ってもアナタは並みの赤ん坊じゃないわ。世界1キャリアの長い赤ん坊よ。子守りと留守番なんて軽いもんでしょう?
それにね、大人だって案外アテにならないのよ・・・少なくとも鳥頭の脳天気よりはアナタのほうがはるかに信用が置けるし」
「周ったらそんなこと言って・・・!」
周の言葉がツボにはまったらしくフランはケラケラ笑ってる。
ハイハイ、ありがとうございます。信用していただけるのは嬉しいけれど、ベテラン赤ん坊のボクとしては引き合いに出された相手に不満を感じるよ。
『ピュンマとかジェロニモよりも信頼できる』と言われれば悪い気はしないのに、よりによってジェットか・・・チェッ。
「ま、そういうことで頼んだわ」
≪ソウイウコトッテ・・・・マッテヨ!≫
ボクの応えも聞かずにふたりの姿は一瞬で掻き消えた。
残された哀れな赤子3名、まもなく1歳の祈、10ヶ月の遥音、そしてボク。
ボク以外の赤ん坊は捨てていかれたことも知らずによく眠ってるけど・・・
か細い声を発して祈の瞳がゆっくりと開いた。
自分が置かれている状況を整理してるんだろう、しばし彼女は呆然と天井を眺めていた。
だけど、いつもだったらすぐに来てくれるフランが いつまでたっても来ないことに不安を感じたのか、
「ふぇーーーーん」
あーーあ、やっぱり泣き出したよ。 ボクは彼女の世話をしなくてはならない、なんと言っても子守りだからね。 たぶん 世界でいちばん若いベビーシッターに違いない。
ミルクを飲ませて ― こういう時って能力は便利なんだけど ―
どうにか祈を落ち着かせる。
ほうっと安堵してクーファンに座りなおすと、背後に凍りつくような嫌な殺気を感じた。恐る恐る振り返ってみると・・・・遥音が音も無く座ってた。しかも最高に不機嫌な顔。
それにしても ―――
アルベルト そっくり(爆)
遥音はボクと目が合うと口元を僅かに歪ませてニヤリと笑った。
ニヒルな赤ん坊だ。ボク以上に赤ん坊らしくない。
≪買い物に行ったのか?≫
ハイ?
≪だから周は買い物に行ったのか?≫
≪あ・・・・ああ。君の甥っ子――つまりはジョーのことだけど――が誕生日で、ついでにその甥っ子の娘――君から見た続柄は何ていうか知らないけれど――も誕生日が近くってね、フランソワーズと一緒に買い物に行ったよ≫
≪フン、くだらん≫
置いていかれたことへの不満か、それともベビーシッターへの不満か、とにかく遥音は酷く不機嫌だ。
対応を間違えたらどうなるんだろう?父親( だったらマシンガンが即、火を吹くんだけど。遥音は生身だからそんなことは心配しなくって・・・いや待てよ・・・まさか・・・
能力( 対決
ボクはゴクリと生唾を飲む。飲み込んだツバは微かにゴムの味がした。
能力対決だけは避けなきゃ、この家が跡形も無く消えてしまう事態になりかねない。ひとまずここは遥音を刺激しないように、しないように・・・。
「ねぇ・・・・あそんで♪」
必死の思いで遥音対策を講じていたら、背後の祈がまるっきり赤ん坊らしくボクに擦り寄ってきた。
驚くかもしれないけど赤ん坊同士ってのは自由に意志の疎通が出来る。遥音は能力者だから当然だけど、祈とだって楽しく会話が出来るんだ。
「何して遊ぶ?」
「うーん、ままごと あのね、イワンがジョーをやってね、あたしがフランをするから」
ハイハイ、女の子の要求はいつだってわけがわからない。
「俺は?」
つい最近高ばいをマスターした遥音が信じられないスピードでハイハイしてきた。
その姿はまるでゴキ○リ。
「えーーーとーーー」
祈はつぶらな瞳をパチパチさせながらしばらく考える。やがて何かを思いついた様子で遥音を見るとニッコリ微笑んだ。
祈のこの仕草はたまらなくカワイイ。
「じゃあ遥音はギルモア博士」
赤ん坊にじいさんの役どころは辛いんじゃないか? でも遥音は嫌な顔ひとつしない。
「オーーケイ」
片目まで瞑ってる。仕草はどこからどこまでもオヤジそっくりだ。
「さ、はじめましょ」
おままごとだから仕切るのは女王様・・・じゃなくって祈。
「ジョーがね、お仕事から帰ってくるところからはじめるわよ」
「じゃあボクは『ただいま』って帰って来ればいいの?」
確認をしたボクに祈は満足そうに「ウン」と頷いた。
「ただいま」
「おかえりなさいジョー」
祈はヨチヨチと歩いてきて僕の頬にチュウをしてくれた。カワイイ・・・。
「ご飯にするの? お風呂にするの?」
「じゃ、ご飯をたべたいな」
ボクは正確にジョーを再現しようと できるだけ目を大きく見開き甘えるように祈を見た。きっとアカデミー賞級の演技だったに違いない。惜しむらくは肝心の両目が髪に隠されていて誰にも見てもらえないことだが、それでも非の打ち所の無い完璧な演技だったと思う。それは間違いない。 なのに、
「ちがぁぁぁうっっ!」
不機嫌に祈が遮る。
「違うわ! イワンのジョーにはリアリティーがぜんっぜんっ無いっっ!!」
リアリティーって・・・(汗)
「あのね、本物のジョーはね、『ご飯もいいけど、食べるんだったら君がいいな』って言うのよ」
腰に両手を当てて、まるでママが叱る仕草でボクに演技指導をする祈。いや、今はそんなことはどうでもいい。
そんなことより・・・
ジョー、君は子供の前でなに言ってんだ?
「ねぇ、聞いてるの?」
祈の声で我に返った。
「ゴメン、ゴメン。ちょっと考えごとをしてて・・・・・で、その後フランは何て言うの?」
興味本意で聞いてみた。
(もちろんボクの能力を使えば苦も無いことだけど、でもそれじゃあ調べる楽しみがない)
「っていうか、早くやって!」
怒鳴られた。祈ってやっぱり恐いかも。
「ねぇ遥音ーーー!」
要領の悪いボクを無視して祈は遥音を呼んだ。
「なんだ?」
「遥音もちゃんと博士の役やってよ!」
この場面に博士が登場するのか・・・ということはジョー、君は博士の目前でフランを口説いてるの?
ボクは軽い目眩を感じた。
なのにボクのささやかな動揺なんて気にすることもなく、ふたりは演技についてあれこれ意見を交し合ってる。
おいおい、たかがままごとだぞ。
「―― で、博士って寝てるだけじゃないのか?」
遥音、ボクと博士を間違えてない?
「ダメ!博士はモウロクしてるけど、寝たきりじゃないんだからちゃんと動いて」
モウロクって・・・祈、キツイ。
「じゃあ、俺はどうすればいいんだ?マドモアゼル」
遥音の仕草はどこからどこまでもアルベルトだ。
「うーん・・・・いいや、とりあえず浮いて」
「こうか?」
遥音はフワリと浮かんで見せた。さすが能力者。・・・ってか、なんで博士が浮くんだ?
ボクの疑問なんて取るに足らないようなつまらないものだけど、でも少しでいいから気に留めてもらいたい。
ボクに構わず2人は会話を続ける。
「それでね、ジョー(イワン)が『君を食べたい』ってふざけたことを言ったら、『ジョー今日はずいぶん帰りが遅かったじゃないか』ってつっこむのよ」
「わかった」
おままごとは再開された。
「ただいま」とボクが言い、祈(フラン)は満面の笑みでジョーであるボクにチュウしてくれた。ボクは博士(遥音)の前であるにも関わらず、いけしゃあしゃあと「君が食べたい」と言うと、祈はすかさず「まぁ」と頬を赤らめた。
遥音はおままごとが気に入ったらしく、実に絶妙のタイミングで、「ジョー今日はずいぶん帰りが遅かったようじゃのぉ」と爺さんらしくつっこんできた。
「・・・・」
しまった、この先のセリフを確認してなかった。
ボクはただ無言で遥音と祈を交互に見つめた。2人は無表情でボクを見つめている。
ダメ出しが入ると思われた瞬間、祈の表情が固くなって瞳に涙が溜まった。
涙がひとすじ零れ落ちると、彼女はクルリと後ろを振り返って涙をぬぐう仕草をした。
どうやらこの場合、ジョーは何も言わないのが正解らしい。そして無言のジョーにフランが泣きはじめる、そういうシナリオだったようだ。
「セリフ」
遥音がボクのわき腹をつつく。
「何が?」
「お嬢さんに言い訳しなくちゃならんだろう、浮気の言い訳」
到底0歳児がやるとは思えないリアルなやり取りに呆然としつつも、ここはジョーになりきるしかなさそうだとも悟った。ボクは当然ジョーが繰り出すであろう次の言葉を言う。
「ごめん、フラン、連絡も入れなくって・・・その・・・仕事先で会社の子がちょっと困ってるから助けてあげたんだ。そうしたら一緒にお酒を飲みに行きませんかって誘われて、断るのも悪いし、ついて行ったんだよね」
軽く祈を抱き寄せて、額にチュウをした。完璧だ。
「じゃが なんで指輪をはずしてるんじゃ?」
遥音、お前かよ!
遥音の言葉に祈の表情から血の気が失せる。まるで未だ終わらない「ガラスの○面」で言う白目を剥いた状態になった。
「あっ」
ボクはわざとらしく自分の左手をひらひらさせて、
「ゴメン、車を運転する時ってどうしても外しちゃうんだよね。」
いつもジョーが使う言い訳(けど、ボクは嘘って知ってる)、そしてエヘッて笑ってみせた。
完璧だ。完璧なジョーだ。
そして、やさしいフランは大げさに溜息をついて一言、「仕方が無いわね今度は必ず連絡入れてね」
それでこの話は終りになるはずだ。
少なくとも本当の2人だったらここで痴話げんかは終わる・・・
だけど・・・
祈から返ってきた言葉は、
「嘘ですねーーーーーーーーーーーーー」
「嘘じゃなーーーーーーーーーーーーー」
いつまでも博士役に浸ってんじゃないよ>遥音
「さあ、今日という今日は洗いざらい白状してもらいますからね!!!」
祈、君は君のママより恐いかも・・・・・
「さぁ、ジョー、早く話んだ」
なんで遥音はアルベルト役に変わってるんだ?、ってか遥音は素でそれか
「ちょっと待って、ボクはイワンでジョーじゃない。浮気の原因なんて知らないよ!」
もう到底『ままごと』とは呼べなくなった『痴話げんかごっこ』を切り上げようとしたんだけど、
「知ってるんでしょ、パパが浮気してること」
「フランを悲しませる奴は許さん」
ふたりがボクをとり囲んだ。ただならぬ殺気にボクはジワリジワリと追い詰められ、とうとう背中が壁に張り付いた。逃げる場所は無い。絶体絶命だ。
嗚呼 神様、こんなときはどうしたらいいんですか?
能力を使えば容易いけど、一応・・・ほんとうに一応、子守りだし。大人の前ではあんなにあどけないふたりがこんなに恐いだなんて・・・そう思ったら逃げることさえ出来なくなった。
「さぁ、今日という今日は洗いざらい話してもらおうかしら・・・」
「「さあ!!!」」
ボクは意を決してボクの知っていることすべてを話した。
内容はとてもじゃないけどここには書けない。
ボクの話にふたりは非常に満足してくれて、修羅場おままごとは静かに幕を下ろした。
遊びに疲れたらしく、ふたりは再び眠りに落ちた。
赤ん坊らしいあどけない表情に僕は安堵の溜息をつくと、思わず愚痴がこぼれた。
「まったく、最近の若いもんは・・・・・」
(fin)
冒頭の文章はスポック博士の育児書 (ベンジャミン・スポック マイケル・B・ローゼンバーグ著 暮らしの手帖翻訳グループ訳 暮らしの手帖社刊)の「睡眠」から一部を引用しました。
凛樹幹のjuiさまに性懲りも無く押しかけささげもの第4弾。
人様のオリキャラでここまで遊んでいいのか?というくらいあそばせて頂きました。
ごめんなさい、juiさま・・・。
それにしても、 周×アルベルトの息子も ジョー×フランの娘も黒い黒い。
気の毒なくらいにイワンが手玉に取られてます。
やっぱり、
泣く子と地頭には勝てないってことで<別に泣いちゃあいませんが
赤ちゃん3人衆(イワン、祈、遥音)でお留守番。
退屈した祈が持ちかけた危険な遊びとは?
退屈した祈が持ちかけた危険な遊びとは?
赤ちゃんはどれくらい眠らなければいけないか
これに答えられるのは赤ちゃんだけです。ずいぶん眠らなければならない赤ちゃんもいるし、ほんの少しでいい赤ちゃんもいます。お腹がいっぱいで、新鮮な空気をいっぱい吸って気持ちよく寝ているのなら、寝たいだけ眠らせておけばいいのです。
小児科医 ドクタースポックの言葉である。
だから赤ちゃんの端くれであるボクは、日々 風の向くまま 気の向くまま 惰眠を貪っている。
みんなの話し声をBGMにウトウトすることもあるし、静かな部屋でぐっすり眠ることもある。
どちらもボクにとっては必要なことで、ミッションで全滅しそうなとき以外、ボクの眠りを妨げるのはご法度なのに・・・
イワン
ボクを呼ぶのは・・・だれ?
イワン
肩を揺さぶって・・・・
イワン
テレパシーでボクの脳を無理やり覚醒しようって・・・・ん?
テレパシー??
ボクはおそるおそる目を開け・・・・・そして盛大に溜息をついた。
はじめてのお留守番
ボクの目の前にいたのはフラン。そして隣には、
≪やっぱり君か狂星≫
≪あら、ずいぶんなご挨拶だこと≫
鈍色の瞳が挑戦的に笑う。おぉ、恐い恐い。
「あのね、イワン」
フランが申し訳なさそうにボクに顔を近づけた。あぁ、そうか、そうだよね。今は5月だ。
≪ワカッテルヨ、じょート祈ノ 誕生日ノ 準備ガアルンダネ≫
「そう、周と買い物。でもね時間がかかりそうだから祈と遥音を連れて行きたくないの。
だから・・・イワンにお留守番してもらえるとありがたいんだけど・・・」
他のみんなは?なんて間抜けなことを聞くボクじゃない。そんなことは既にお見通しだ。
だけどねボクだって一応は赤ん坊だよ。普通、赤ん坊が赤ん坊の子守りはしないだろう。
≪ヒドイヨ、ボクは庇護が必要な赤ん坊なんだよ≫
ボクの抗議に周がニヤリと笑った。
「赤ん坊って言ってもアナタは並みの赤ん坊じゃないわ。世界1キャリアの長い赤ん坊よ。子守りと留守番なんて軽いもんでしょう?
それにね、大人だって案外アテにならないのよ・・・少なくとも鳥頭の脳天気よりはアナタのほうがはるかに信用が置けるし」
「周ったらそんなこと言って・・・!」
周の言葉がツボにはまったらしくフランはケラケラ笑ってる。
ハイハイ、ありがとうございます。信用していただけるのは嬉しいけれど、ベテラン赤ん坊のボクとしては引き合いに出された相手に不満を感じるよ。
『ピュンマとかジェロニモよりも信頼できる』と言われれば悪い気はしないのに、よりによってジェットか・・・チェッ。
「ま、そういうことで頼んだわ」
≪ソウイウコトッテ・・・・マッテヨ!≫
ボクの応えも聞かずにふたりの姿は一瞬で掻き消えた。
残された哀れな赤子3名、まもなく1歳の祈、10ヶ月の遥音、そしてボク。
ボク以外の赤ん坊は捨てていかれたことも知らずによく眠ってるけど・・・
ふぇっ
か細い声を発して祈の瞳がゆっくりと開いた。
自分が置かれている状況を整理してるんだろう、しばし彼女は呆然と天井を眺めていた。
だけど、いつもだったらすぐに来てくれるフランが いつまでたっても来ないことに不安を感じたのか、
「ふぇーーーーん」
あーーあ、やっぱり泣き出したよ。 ボクは彼女の世話をしなくてはならない、なんと言っても子守りだからね。 たぶん 世界でいちばん若いベビーシッターに違いない。
ミルクを飲ませて ― こういう時って能力は便利なんだけど ―
どうにか祈を落ち着かせる。
ほうっと安堵してクーファンに座りなおすと、背後に凍りつくような嫌な殺気を感じた。恐る恐る振り返ってみると・・・・遥音が音も無く座ってた。しかも最高に不機嫌な顔。
それにしても ―――
遥音はボクと目が合うと口元を僅かに歪ませてニヤリと笑った。
ニヒルな赤ん坊だ。ボク以上に赤ん坊らしくない。
≪買い物に行ったのか?≫
ハイ?
≪だから周は買い物に行ったのか?≫
≪あ・・・・ああ。君の甥っ子――つまりはジョーのことだけど――が誕生日で、ついでにその甥っ子の娘――君から見た続柄は何ていうか知らないけれど――も誕生日が近くってね、フランソワーズと一緒に買い物に行ったよ≫
≪フン、くだらん≫
置いていかれたことへの不満か、それともベビーシッターへの不満か、とにかく遥音は酷く不機嫌だ。
対応を間違えたらどうなるんだろう?
ボクはゴクリと生唾を飲む。飲み込んだツバは微かにゴムの味がした。
能力対決だけは避けなきゃ、この家が跡形も無く消えてしまう事態になりかねない。ひとまずここは遥音を刺激しないように、しないように・・・。
「ねぇ・・・・あそんで♪」
必死の思いで遥音対策を講じていたら、背後の祈がまるっきり赤ん坊らしくボクに擦り寄ってきた。
驚くかもしれないけど赤ん坊同士ってのは自由に意志の疎通が出来る。遥音は能力者だから当然だけど、祈とだって楽しく会話が出来るんだ。
「何して遊ぶ?」
「うーん、ままごと あのね、イワンがジョーをやってね、あたしがフランをするから」
ハイハイ、女の子の要求はいつだってわけがわからない。
「俺は?」
つい最近高ばいをマスターした遥音が信じられないスピードでハイハイしてきた。
その姿はまるでゴキ○リ。
「えーーーとーーー」
祈はつぶらな瞳をパチパチさせながらしばらく考える。やがて何かを思いついた様子で遥音を見るとニッコリ微笑んだ。
祈のこの仕草はたまらなくカワイイ。
「じゃあ遥音はギルモア博士」
赤ん坊にじいさんの役どころは辛いんじゃないか? でも遥音は嫌な顔ひとつしない。
「オーーケイ」
片目まで瞑ってる。仕草はどこからどこまでもオヤジそっくりだ。
「さ、はじめましょ」
おままごとだから仕切るのは女王様・・・じゃなくって祈。
「ジョーがね、お仕事から帰ってくるところからはじめるわよ」
「じゃあボクは『ただいま』って帰って来ればいいの?」
確認をしたボクに祈は満足そうに「ウン」と頷いた。
「ただいま」
「おかえりなさいジョー」
祈はヨチヨチと歩いてきて僕の頬にチュウをしてくれた。カワイイ・・・。
「ご飯にするの? お風呂にするの?」
「じゃ、ご飯をたべたいな」
ボクは正確にジョーを再現しようと できるだけ目を大きく見開き甘えるように祈を見た。きっとアカデミー賞級の演技だったに違いない。惜しむらくは肝心の両目が髪に隠されていて誰にも見てもらえないことだが、それでも非の打ち所の無い完璧な演技だったと思う。それは間違いない。 なのに、
「ちがぁぁぁうっっ!」
不機嫌に祈が遮る。
「違うわ! イワンのジョーにはリアリティーがぜんっぜんっ無いっっ!!」
リアリティーって・・・(汗)
「あのね、本物のジョーはね、『ご飯もいいけど、食べるんだったら君がいいな』って言うのよ」
腰に両手を当てて、まるでママが叱る仕草でボクに演技指導をする祈。いや、今はそんなことはどうでもいい。
そんなことより・・・
「ねぇ、聞いてるの?」
祈の声で我に返った。
「ゴメン、ゴメン。ちょっと考えごとをしてて・・・・・で、その後フランは何て言うの?」
興味本意で聞いてみた。
(もちろんボクの能力を使えば苦も無いことだけど、でもそれじゃあ調べる楽しみがない)
「っていうか、早くやって!」
怒鳴られた。祈ってやっぱり恐いかも。
「ねぇ遥音ーーー!」
要領の悪いボクを無視して祈は遥音を呼んだ。
「なんだ?」
「遥音もちゃんと博士の役やってよ!」
この場面に博士が登場するのか・・・ということはジョー、君は博士の目前でフランを口説いてるの?
ボクは軽い目眩を感じた。
なのにボクのささやかな動揺なんて気にすることもなく、ふたりは演技についてあれこれ意見を交し合ってる。
おいおい、たかがままごとだぞ。
「―― で、博士って寝てるだけじゃないのか?」
遥音、ボクと博士を間違えてない?
「ダメ!博士はモウロクしてるけど、寝たきりじゃないんだからちゃんと動いて」
モウロクって・・・祈、キツイ。
「じゃあ、俺はどうすればいいんだ?マドモアゼル」
遥音の仕草はどこからどこまでもアルベルトだ。
「うーん・・・・いいや、とりあえず浮いて」
「こうか?」
遥音はフワリと浮かんで見せた。さすが能力者。・・・ってか、なんで博士が浮くんだ?
ボクの疑問なんて取るに足らないようなつまらないものだけど、でも少しでいいから気に留めてもらいたい。
ボクに構わず2人は会話を続ける。
「それでね、ジョー(イワン)が『君を食べたい』ってふざけたことを言ったら、『ジョー今日はずいぶん帰りが遅かったじゃないか』ってつっこむのよ」
「わかった」
おままごとは再開された。
「ただいま」とボクが言い、祈(フラン)は満面の笑みでジョーであるボクにチュウしてくれた。ボクは博士(遥音)の前であるにも関わらず、いけしゃあしゃあと「君が食べたい」と言うと、祈はすかさず「まぁ」と頬を赤らめた。
遥音はおままごとが気に入ったらしく、実に絶妙のタイミングで、「ジョー今日はずいぶん帰りが遅かったようじゃのぉ」と爺さんらしくつっこんできた。
「・・・・」
しまった、この先のセリフを確認してなかった。
ボクはただ無言で遥音と祈を交互に見つめた。2人は無表情でボクを見つめている。
ダメ出しが入ると思われた瞬間、祈の表情が固くなって瞳に涙が溜まった。
涙がひとすじ零れ落ちると、彼女はクルリと後ろを振り返って涙をぬぐう仕草をした。
どうやらこの場合、ジョーは何も言わないのが正解らしい。そして無言のジョーにフランが泣きはじめる、そういうシナリオだったようだ。
・・・しつこいようだけど、ジョーとフラン、君達は子供の前で一体何をしてるんだ?
「セリフ」
遥音がボクのわき腹をつつく。
「何が?」
「お嬢さんに言い訳しなくちゃならんだろう、浮気の言い訳」
到底0歳児がやるとは思えないリアルなやり取りに呆然としつつも、ここはジョーになりきるしかなさそうだとも悟った。ボクは当然ジョーが繰り出すであろう次の言葉を言う。
「ごめん、フラン、連絡も入れなくって・・・その・・・仕事先で会社の子がちょっと困ってるから助けてあげたんだ。そうしたら一緒にお酒を飲みに行きませんかって誘われて、断るのも悪いし、ついて行ったんだよね」
軽く祈を抱き寄せて、額にチュウをした。完璧だ。
「じゃが なんで指輪をはずしてるんじゃ?」
遥音、お前かよ!
遥音の言葉に祈の表情から血の気が失せる。まるで未だ終わらない「ガラスの○面」で言う白目を剥いた状態になった。
「あっ」
ボクはわざとらしく自分の左手をひらひらさせて、
「ゴメン、車を運転する時ってどうしても外しちゃうんだよね。」
いつもジョーが使う言い訳(けど、ボクは嘘って知ってる)、そしてエヘッて笑ってみせた。
完璧だ。完璧なジョーだ。
そして、やさしいフランは大げさに溜息をついて一言、「仕方が無いわね今度は必ず連絡入れてね」
それでこの話は終りになるはずだ。
少なくとも本当の2人だったらここで痴話げんかは終わる・・・
だけど・・・
祈から返ってきた言葉は、
「嘘ですねーーーーーーーーーーーーー」
「嘘じゃなーーーーーーーーーーーーー」
いつまでも博士役に浸ってんじゃないよ>遥音
「さあ、今日という今日は洗いざらい白状してもらいますからね!!!」
祈、君は君のママより恐いかも・・・・・
「さぁ、ジョー、早く話んだ」
なんで遥音はアルベルト役に変わってるんだ?、ってか遥音は素でそれか
「ちょっと待って、ボクはイワンでジョーじゃない。浮気の原因なんて知らないよ!」
もう到底『ままごと』とは呼べなくなった『痴話げんかごっこ』を切り上げようとしたんだけど、
「知ってるんでしょ、パパが浮気してること」
「フランを悲しませる奴は許さん」
ふたりがボクをとり囲んだ。ただならぬ殺気にボクはジワリジワリと追い詰められ、とうとう背中が壁に張り付いた。逃げる場所は無い。絶体絶命だ。
嗚呼 神様、こんなときはどうしたらいいんですか?
能力を使えば容易いけど、一応・・・ほんとうに一応、子守りだし。大人の前ではあんなにあどけないふたりがこんなに恐いだなんて・・・そう思ったら逃げることさえ出来なくなった。
「さぁ、今日という今日は洗いざらい話してもらおうかしら・・・」
「「さあ!!!」」
ボクは意を決してボクの知っていることすべてを話した。
内容はとてもじゃないけどここには書けない。
ボクの話にふたりは非常に満足してくれて、修羅場おままごとは静かに幕を下ろした。
遊びに疲れたらしく、ふたりは再び眠りに落ちた。
赤ん坊らしいあどけない表情に僕は安堵の溜息をつくと、思わず愚痴がこぼれた。
「まったく、最近の若いもんは・・・・・」
(fin)
冒頭の文章はスポック博士の育児書 (ベンジャミン・スポック マイケル・B・ローゼンバーグ著 暮らしの手帖翻訳グループ訳 暮らしの手帖社刊)の「睡眠」から一部を引用しました。
凛樹幹のjuiさまに性懲りも無く押しかけささげもの第4弾。
人様のオリキャラでここまで遊んでいいのか?というくらいあそばせて頂きました。
ごめんなさい、juiさま・・・。
それにしても、 周×アルベルトの息子も ジョー×フランの娘も黒い黒い。
気の毒なくらいにイワンが手玉に取られてます。
やっぱり、
泣く子と地頭には勝てないってことで<別に泣いちゃあいませんが
04年5月19日 凛樹館juiさま宅へお嫁入り
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