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闇の中の(中)  (ギルマノComments(0) )

続きです。




 今回の報告には並々ならぬ自信を持っていた。

 小型核融合炉のサイボーグへの応用 ――― 現在検討されている原子力燃料では避けて通ることのできない、放射性破棄物処理の問題、これを解決すべく提案したものだった。
 たとえ馬鹿な男達が自分を見下していたとしても、報告を聞けば、この研究を放っておくことができるはずがない。あらゆる立場を逆転させることさえ可能な、画期的な研究だった。
 だが、結果は散々だった。一言も発言さえさせてもらえなかったのだ。


「結局ここでは、どうあがいても自分の理想を貫くことはできないんだわ・・・」






 ――― 科学技術の進歩が人類を救い、未来へ導く ―――

 これが彼女の信条だった。
 この宇宙のすべての在り様を解明する、彼女にとってのそれはビックバンの直前から現在に至るまでの、この宇宙で起こっているありとあらゆる物質の振る舞いを解明することに等しい。そしてその理論を応用すれば、この宇宙を形作っているエネルギーを自分たちも操れるようになる。そして、それこそが将来必ず枯渇すると言われている燃料問題を根本から解決する方法と信じていた。
 もちろん、先は長い。しかし自分がその一歩を踏み出したのだと信じていた。
 調合した火薬の暴発―――幼い子供の火遊びで最愛の弟を失って以来、彼女は石油を燃やして豊かになっていこうとする時代を無意識に嫌い、石油に頼らない未来を願うようになったのかもしれない。

 彼女の願いは、しかし、戦争の前には無力だった。
 彼女の理論が応用され、最初に作られたのは、皮肉なことに幸せの対極となる兵器、人類初の水爆だった。
 終戦後、「核融合の権威」として彼女の名は世界中の研究機関に伝わり、いくつかの研究所を渡り歩くこととなる。しかし、どの研究所も彼女の理想を実現させる意志など皆無で、それどころか、理論は兵器、あるいは一部の利益に応用されるばかりだった。
 戦争が終わっても、彼女は自分の望みを果たせないでいた。

 「なぜだと思う?」

 若き優秀な科学者・・・そう呼ばれ、しかし、自分の為すべきこと悩んでいた頃、学会で出会ったブラウンは、彼女の話を聞き終えるとそう尋ねてきた。力なく首を振る彼女に彼の言葉は力強かった。
 
「簡単なことだ。価値観の違う二つの国が同じ力を持っているのだから、いがみあい、競いあって兵器を作る。そんなイタチごっこをしているから、平和に心を砕けないのだ。だからこそ、黒い幽霊団は愚かな国々を凌駕する技術を持とうとしているのだ。そうなれば自分達の思い描いた新しい世界を築くことができるだろう・・・実に簡単な話だ」

 ブラウンの言葉に彼女の心は大きく揺れた。 自分の描く理想、そこだったら実現できるのかもしれない。
 彼女がブラウンに従ったのはその直後だった。




 
 黒い幽霊団での仕事は、しかし、サイボーグという名の兵器開発だった。
 ジュリアは騙されたと怒り、ブラウンに食ってかかったが、彼は顔色一つ変えなかった。

「毒を制するのは毒しかないのだよ、マノーダ君。つまり、強大な軍事国家にはそれを凌ぐ軍事力が必要だ。それに、戦いしか知らない愚かな人間たちを導くためには、人を凌駕する力を持った超人 ――― それを愚かな人間は神と呼ぶがな、そういう超人的な人間が必要だ。その人間を作ること、それこそが、我々の為すべきことだ。君は、他にどんな方法があるというのだ?君の言う、幸せに満ちた世界とやらを作るために」

 悔しいが、反論一つ出来なかった。
 現実はブラウンの語る通りだった。
 アメリカ、ソ連 ――― 二つの大国が存在する未来に人類の幸せを描くことは到底でなかった。そして、世界中のあらゆる場所に不幸があった。

 差別、貧困、飢餓、暴動、戦争・・・彼女の願う幸福は世界中どこを探しても見いだせなかった。

 だから、大国、そして世界を圧倒する力 ――― それは神にも似た力 ――― を持つことで、大国をも自分に靡かせ、理想とする究極の世界が作りだせるはずなのだ。愚かな人間達をまとめ、新しい世界を作るのには、超人的な力を持った神が必要で、天から現れないのであれば自分たちで作るほか手段はない、彼女はそう無理やり自分を納得させたのだった。


 ――だけど、ここでもそんな世界を実現することなど出来ないのかもしれない――

 薄々はわかっている。サイボーグは神などではないし、神の代わりもしない。
 しかし、今更それを認めることなどできるはずがなかった。引き返すことはできないのだ。






 泣きつかれ、放心し、どれほどの時間が経ったのか・・・、部屋のドアを叩く音に気付いた時には、すっかり辺りが暗くなっていた。
 唇をきつく噛みしめ、扉を睨みつけた。さっきの今だ、自分にさらなる追い打ちをかけるべく嫌がらせに来た輩かもしれない。しかし、どんな嫌がらせであっても、屈するつもりはなかった。

「どなた?」

威嚇ともとれるような強い口調に返ってきたのは、しかし、あまりにも邪心のない呑気な声だった。

「僕です、ギルモア。アイザック・ギルモアです」
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