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闇の中の(後)  (ギルマノComments(0) )

最終回です。やっとギルマノになりました。マノ→ギルですが。


 アイザック・ギルモア ―――― ソ連アカデミーで神童の名を欲しいままにしてきた天才科学者だ。その才能にブラウンが惚れこみ、黒い幽霊団にスカウトしたとも聞く。
 母国でも抜きん出ていたであろう才能は、彼に輝かしい未来を約束し、おのずと彼の周りにはおこぼれにあずかろうとたくらむ人種が取り巻いていたに違いない。彼の放つ人を見下した雰囲気は、そういう種類のものに思われた。
 ブラウンと共に行動することが多いためか、軽口を叩く様子など見かけたこともないし、報告会でのシビアな指摘は、まるでブラウンのミニチュア版だとぼやいていたのは、誰だったか・・・。
 ガイアとは全く種類が違うが、彼の視界に自分が入ることなど到底ないだろう、それはジュリアが感じていた彼の印象だった。


 そのギルモアがこの研究室に、何の用なのだろうか?


 不安半分、好奇心半分、ジュリアが恐る恐るドアを開けると、独特な鼻と好意的な目が飛び込んできた。否、それよりも前に、報告会の資料をつかんだ彼の腕がドアを割って入り、興奮した彼の声が響いた。

「この報告、是非聞かせてもらえませんか?」

 その勢いに気圧されて、ギルモアを研究室に入れてしまったものの、ジュリアは何が起こったのか全く理解ができていなかった。あの報告は誰の目のも止まることはなかったし、反対に自分はひどい仕打ちを受けたのだ。
 今更何の話があるというのか。
 ところが、目の前のギルモアときたらジュリアの混乱など構うこともなく、寧ろ、普段の”不機嫌が白衣を着て歩いている”表情は皆無で、年相応の若者といった明るいものだった。そして、ジュリアの意向などお構いなしに、「今日の会議は本当にくだらなかった」だの「ろくな話も聞けないし」とかさっきまで針のむしろに座らされていた会議の無意味さを嘆いていた。
 
「で、話を聞かせてくださいよ」
「話?」
「だから、これです、これっ!」

ギルモアは再び会議の資料を突き出した。ぐしゃぐしゃに丸められた資料はジュリアの報告予定だったテーマのページだった。

「核融合炉の小型化、これに決まってるじゃないですか!ってか、どうしてこの報告をさせなかったかな、ガイア博士は」

 


 面識もないのに突然訪ねてきたギルモアに、最初こそ恐る恐るだったジュリアだったが、テーマの話を始めると、話は思った以上に白熱した。


「―――― 要は、重水素原子をプラズマ状態にする部分がね」
「―――― だったら、レーザーの出力はこの条件から絞り込めばいいんだし、」
「―――― でも問題はチャンバーだよね、発生した副生成物でダメージをうける」
「―――― その部分は、磁気を使って誘導しようと思ってるんだけど・・・・」
「―――― あぁ、その手があったか!だったら、これはどう?」


 壁の黒板はジュリアの白いチョークとギルモアの黄色いチョークですっかり埋め尽くされ、ギルモアは壁にまで数式を買い散らし始めた。最初こそ、その行為を止めていたジュリアだったが、いつしか自分も壁にアイディアを書きつけはじめ、彼らの手の届く範囲は数式柄の新しい壁紙に模様替えしたようだった。
 議論することで新しいアイディアが湯水のように浮かぶ。思考実験をしては結果を議論し、互いの意見の合わない部分は徹底的に議論を尽くした。
 二人の議論は本来の彼女のテーマである核融合から始まり、素粒子論、果ては宇宙の始まりビックバンから現在に至るまでの途方もない宇宙の成り立ちに至るまで、純粋に科学を語り明かした。
 ギルモアの専門は生体工学だったはずだが、専門外の分野であってもジュリアと対等に渡り合い、その知識の豊富さと見識の深さには驚くばかりだった。
 自分が今、途方もない兵器工場に居ることも、人生の目的だった人類の幸福もすべて忘れ、ただ純粋に科学を愛する者同士が共有できる、楽しみと幸せをギルモアと分かち合っていた。それはひどく贅沢で、有意義で、ジュリアの人生の中で、これほどまでに満ち足りた時間は始めてのことだった。
 結局食事もとらず、眠ることすら忘れ、二人の議論が落ち着いたころには、外の景色が白み始める時間だった。

「しかし、マノーダ博士の卓越した発想には驚きました」

一連の議論がようやく落ち着き、ギルモアが改めて感心したように呟いた。

「これが実現すれば、サイボーグじゃなくても応用できますよね。設備が安く作れる分、途上国でも広く使えるし、燃料問題だって一気にクリアにできる。問題は・・・やっぱり反応の安定性でしょうか」

 ギルモアから発せられた何気ない一言にジュリアの胸がざわりと動いた。
 小さく深呼吸を一回、動揺を気付かれないよう細心の注意を払いながらギルモアを見た。当のギルモアはジュリアの胸の内などなど気づくこともなく、彼女のノートを見ながら腕組みし、大きな鼻を楽しそうに揺らしていた。
 と、視線を窓の方に移した瞬間、楽しそうだった鼻が急に慌てだす。


「もしかして、朝? うわっ、僕、どれだけ話しこんでたんだか!」

 時間に気付いて慌てるギルモアが無性に子供っぽく、普段、ブラウンの後ろについて威圧感ばかりを振りまいていたあのギャップを思えば、ジュリアは笑いださずには居られなかった。胸の内に生まれた小さな感情がその笑いを軽やかにした。
 ジュリアの反応にギルモアは不満気に口を曲げた。

「そりゃ、マノーダ博士は関係ないから笑っていられるけど、僕はね、ブラウン博士が帰ってくるまでに片付けなきゃいけない仕事があったんだよ。知ってるだろ?ブラウン博士を不機嫌にさせるとどれだけ面倒か!!」

腕時計を見ながら、あれをして、これをして、と完全にパニックに陥ってるギルモアに、ジュリアは言葉にできない寂しさを覚えた。できることなら、もう少しだけ・・・・。

 
 一緒に居たい。



「そういうことなら、私も同罪ね。仕事そっちのけでギルモア博士と話し込んでいたのだから。だから、博士の仕事を手伝うくらいはしてもいいけれど?」

少しだけ高飛車に言葉を投げた。そうでもしなければどんな言葉がこぼれ出すか自信がなかった。そして強気に出た割には相手の答えが不安で、もし、ここで拒絶でもされたら・・・その想像は彼女の胸の奥をきつく軋ませた。
 そんなジュリアの葛藤など知る由もないギルモアは、表情をいっぺんに明るくさせ、
 
「本当!?助かるよ・・・じゃ、僕は今すぐブラウン博士の研究室に戻って準備するから、30分後くらいに来てくれない、それから、その時に今のディスカッションをまとめた資料をさ、持ってきてよ。ブラウン博士に説明しよう、二人で」

 「二人で」という言葉に、そんな意味は含まれてないのに、ジュリアの心臓が大きく脈打った。今度は顔まで赤みを帯び始め、自分でも感情の制御ができなくなり始めていた。
 
「そうそう、それからさ、その顔の傷・・・」

 帰り際、ギルモアは遠慮なく彼女の顔半分を覆っている髪の毛を無造作に持ち上げた。彼女のやけどの跡があらわになる。
「嫌っ・・・」
「動かないで!」
ジュリアの拒絶の言葉をギルモアはきつい口調で制した。羞恥に目を反らすジュリアの頬の傷を、ギルモアの指がそっと撫でていく。一つ一つ、いたわる様にに、そのいびつになった皮膚の形をすべて覚えてしまうんじゃないかというほどに、ゆっくりと、ていねいに。
 ジュリアは今度こそ本当に顔から耳まで赤くなる。
 心臓が飛び出してしまうのではないかと言うほどに拍動する。
 どのくらいの時間がたったのか、ひどく長く思えたが、おそらく一瞬の出来事だったのだろう。ギルモアの手がゆっくりと離れ、そして、髪はもとのように整えられた。息もできず、微動だにできなかったジュリアもゆっくりと息を吐いた。

「その傷―――」

ギルモアが口を開く。

「僕の持ってる技術なら、その傷跡を元通りにすることができると思うけど。顔を半分隠しているのも何かと辛いでしょ?」
「………」

ジュリアの沈黙を自分への不信と取ったのか、ギルモアは少し拗ねた表情で言葉をつづけた。

「僕は一応これでも生体工学専攻ですし、人工皮膚分野にだってそれなりの知識と技術を持ってますから」
「でも、この傷は・・・」

弟を殺した贖罪で背負ってきた傷だ。一生背負っていくと決めていた。

でも、もういいのかもしれない。
なによりこの人の前では顔を隠していたくなかった。

「厭だったらいいんですが」
「いえ! お願いします」

その言葉は発したジュリアさえも驚くほどに強かった。
ギルモアは満足した笑みを浮かべ、「なら、手術の方法と時期も相談しないと」そう言い残すと、彼女に軽く手を上げ部屋を出て行った。



 ギルモアの去った部屋で、一人、ジュリアは火照った頬を両手で押さえ、高鳴る鼓動に大きく深呼吸した。



 窓の外はすでに明るく、光に満ち溢れていた。


(終)

 
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