真意 (シリアス/
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その晩はひどく蒸し、べたついた汗が身体にまとわりつくような夜だった。
担架ベッドに乗せられ、メディカルルームへ担ぎ込まれた彼の姿を見て、ギルモアは声を失った。
破損箇所を確認し、メスを握る。
無我夢中、ただそれだけだった。
東の空が白み始め、不安な夜が明けようとする頃、大手術はようやく終わりを告げた。
科学者が全ての機器を停止させ、照明を落とすと、辺りはしんと静まり返り、静寂とほのかな光が部屋を支配する。
だが、彼の命をつなぎとめた老科学者の顔に笑みは無かった。
「すまない・・・」
科学者は一言だけ、眠り続ける彼に詫びた。
<真意>
(1)
メンテナンスルームから出てきたワシを、彼の仲間たちは不安と覚悟が入り混じった表情で迎えてくれた。
彼らに手術の成功を告げると、にわかにその場が安堵と喜びに包まれる。
ねぎらい、感謝、賞賛の言葉が聞こえたが、それはどこか遠くの出来事のように思え、素直に喜ぶことは出来なかった。
そして ――
つかの間の穏やかな時間は彼の絶叫で失われた。
非難されるのは覚悟の上だった。
あるいは血気盛んな赤毛の少年ならば、ワシに殴りかかってくるかもしれない。
だが、他に方法がなかったのだ。
彼らがメディカルルームへと駆け込んで行く。
ワシはその後を、鉛のように重い足を引きずって付いていった。
彼らはワシにどんな言葉を浴びせられるのか、あるいは頬が腫れるまで殴られるのか・・・。
しかし、ワシの目に映った光景は、それよりも遥かに痛ましく、途方も無く悲しげで、わしの胸をきつく締め上げた。
呆然と自分の姿を見つめる彼。
何も言わず、彼の姿を凝視する彼の仲間達。
動くものは何1つ無く、彼の身体も、仲間の悲憤も、ワシの罪も、止まった時間の中でじんわりと結晶化し始めていた。
『他に方法がなかった』 話せば解ってもらえる ―― そう思っていた己の甘さを自覚した。
この状況で冷静に話をすることなど到底出来ないだろう。
何とかしなくては。
だが、何を? どうやって?
どうすべきか決まらぬまま、彼の後ろに立つと、ワシの口が条件反射のように動き始めた。
彼の新しい性能、能力、従来との違い。
いかにその改造がすばらしいものかを絶賛する言葉の数々。
その言葉の1つ1つがどれ程までに彼らを苦しめるか、解っているはずなのに、自分のしてしまったことを何が何でも正当化しようと、口が勝手にしゃべり続ける。
思考回路は停止したまま、視界もぼやけて焦点が合わない・・。なのに、舌だけが、口はすっかり渇ききっていて言葉など出せないはずなのに、舌だけが、別の生き物のように饒舌に、意味の無い数字を語り続ける。
「もう、止めてくれ!」
赤毛の少年の言葉で我に返った。
はっとして周りを見つめる。
悲しみに暮れる瞳、瞳、・・・
じっと見つめる栗色の瞳が痛かった。
あの優しい子が、あんなに厳しい目でワシを見たことがあっただろうか。
慰めの言葉が聞きたいばかりに、ワシの部屋に訪れたあの子にすがった。
ワシは間違っていたのか?と。
しかし、彼は「わからない」という風に茶色の髪を左右に揺すっただけだった。
戸惑いの色だけを残して彼は去り、1人残った部屋で、ワシはソファーに座った。
どうすればよかったのか?
自分自身に問い続ける。
どうすればよかったのか?
誰でもいい、教えてくれ・・・。
それでも・・・
この改造は仕方の無かったことと思っている。
(2)
再改造は、これが初めてではない。
戦いに傷ついた彼らを修理する時、メンテナンスの時、折に触れて性能の向上を行ってきた。
そうしなければ、あの強大な敵、ブラックゴーストを相手に生き延びることなど到底出来なかったであろう。
00ナンバーの性能は奴らの手の中にあるのだから。
再改造はワシの持てる力をつぎ込んだ。
部品、材料、電子回路・・・、彼らの機能に関わる研究は休むことなく行ってきたし、性能の向上が認められると思ったときは、迷わずそれを組み込んだ。彼らにしてみれば、自分達がモルモットにしか思えなかった日だってあるだろう。
しかし、ワシは一線 ― 改造によって彼らが「人間を逸脱する」ライン― それだけは絶対に超えないよう、己への戒めとしてきた。言い換えれば、「姿、形」に手を加えること、そして、彼ら自身ともいえる「脳」に対しての改造を禁じてきたのである。
だが、この2つの改造を禁じたことで、サイボーグとしての機能強化は大きく阻まれる結果となった。
まず、外見の改造を制限することで、防御力の向上が思うようにできなくなった。
「生身らしいの皮膚」にこだわらなければ、今よりも強い身体を作り上げることなど造作も無いことなのである。しかし、「生身らしく見せる」材料には限りがあり、結果的には機能を大幅に妥協せねばならない。
今回の008の再改造では、本人は望んだことではないことだったが、この戒めを解いてしまった。
だが、戦闘時の防御力は大幅に向上し、何よりあの超々音波怪獣の攻撃にもある程度耐えうるものになったはずである。
さらに脳への改造を禁じたことで、サイボーグとしての性能を、飛躍的に向上させる術を失った。
脳の改造は、先に言った外見の改造とは比べ物にならない程の効果が期待できるのだが・・・。
何故か。
それは、00ナンバーの性能限界は、脳に依存しているためである。
つまり、「生身の脳」が「機械」を制御する、そのことで性能の限界が生まれてしまうのだ。
わかりやすい例で言えば003はその典型である。
視聴覚機能を強化することで、彼女の脳に入る情報は改造前のそれとは比べ物にもならない。
それを「生身の脳」が処理をしていることを考えれば、脳に掛かる負担が計り知れないことは容易に想像できる。
そのため、例え彼女が望んだとしても ―― 望むとは到底思えないが ―― これ以上の機能を追加することは不可能なのだ。
他の00ナンバーも同じである。生身の頃には体験したことも無いような機能や力、部品1つ1つの制御を「脳」が司る。無論、多少は脳に手を加えてあるし、補助脳もある、が、それであっても唯一と言っていい生身の部分 ― 脳 ― に掛かる負担はあまりにも大きいのである。
だが、この制限を取り払う方法がひとつだけある。
それが「脳」そのものを改造することなのだ。
人間が実際に使用している脳は全体の1/5程度と言われている。この未使用の部分に手を加え、「脳」全体を有効に活用することができれば、サイボーグの性能は飛躍的に向上するわけである。
だが、いくら効果的だからと言っても、ワシはそれだけは絶対にしないと心に決めていた。なぜなら「脳」は「彼らそのもの」であり、「脳」に手を加えることは彼らの「人間性」を著しく奪ってしまうことに他ならないからである。そして、脳の改造は皮膚の改造とは異なり、後戻りができないのである。
一方、ブラックゴーストは、到底人間とは思えない姿への改造も、脳の改造も、何のためらいも無く行ってきた。低コストで高性能のサイボーグを作ろうと思えば当然のことである。0010から0013、サイボーグマン ミュートスサイボーグ・・・。ブラックゴーストの作るサイボーグの性能は確実に向上してきている。ミュートスサイボーグの性能は、00ナンバーを遥かに凌ぐものであり、彼らに勝利できたのは、今思えばただの偶然だった。
そして、これからブラックゴーストが送り込んでくる、サイボーグの性能は・・・・。
ブラックゴーストが復活したと確信して以来、寝ても覚めてもこのことばかりが気になった。どれほど改造された戦士が送り込まれてくるのか、歩兵でしかないサイボーグマンであっても、ムアンバでの戦いのようにはいかないであろう。
機械部分の改造だけでは、そろそろ限界かもしれない。
だから、今回は戒めを解き、皮膚の改造に踏み切った。
本音を言えば脳の改造も施したかったが・・。
そう言えば ――
いつのことだったか、その時も戒めを解こうとしたことがあった。
ムアンバでの戦いの後だったろうか。
ワシは目を瞑り、そのときのことを考え始めた。
しかし、昨夜からの疲れが出たのか、目の前が暗くなり、急速に意識が遠のいていった。
(3)
その日、ギルモアは戻ってきた009達の様子がおかしいことに気付き、修理を始めた。
彼の身体を開けると、まず内部にこもっていた煙が吹き出す。
それに続いてビニールが燃えたような悪臭や油が焦げたような臭いが部屋中に広がる。
その臭いでギルモアの身体が麻痺し、一瞬目の前が真っ白になったほどだった。
「酷い・・・」
彼は009の身体を見て絶句した。
高温下に晒されたのだろう、人工筋肉は熱によるダメージで本来持つ弾力性が失われていた。筋繊維には亀裂が入り、ところどころでは切れてしまっている。筋繊維の切れている箇所が脚と腕、特に右腕に集中していることを考えると、ダメージを受けた後にも尚、戦闘を継続したことが伺える。
被害は人工筋肉だけではなかった。
身体全体が異常に熱い状態で戦ったため、電子回路がショートしICから煙が立ち昇っていた。
これが先ほどの異臭の原因だということはすぐに理解できた。
幸い破損した回路は生命維持に関わる部分のものではなかったが、戦闘能力を著しく低下させたことは容易に想像できる。
さらに機械の駆動部分に用いられている油が蒸発し、こげてこびりついている。
油が突沸したためか、飛び散っている部分もある。
身体の表面にもその痕跡があることからすると、瞬間的に数百度の高温に晒されたものと考えられる。
機械油が蒸発したために、身体を動かす度に金属同士がきつく擦れ合い、それによるキズや削れ粉が到るところにあった。
あまりにも無理に動かしたためか、変形しているところさえある。
幸い内臓部分は損傷は見られなかったが、栄養源パイプ、エネルギーパイプは熱によるダメージで微細なヒビが数箇所見つかった。もう少し長い時間高熱に晒されていたら、エネルギーパイプが割れ、そこからエネルギーが蒸発して発火、彼の身体は内部から爆発を起こしていたに違いない・・・・・。
これほどのダメージを受けても尚、戦い続けた009。
「可愛そうに・・・もっと強ければ、これほど辛い思いはしなかったろう・・・・」
痛々しい009の姿にギルモアは胸が詰まった。
もっと強くなれば、これほど辛くは無い、
もっと強くなれば・・・・
「ワシがもっと強くしてやろう、あんな奴らにびくともしないような」
そう呟きながら彼はさらに強化された部品を使うことを決めた。
だが、修理をしながらも一抹の不安が彼に残る。
こんな小手先の再改造がいつまでブラックゴーストに通用するのか・・・。
敵の攻撃から身を守るための改造ばかりでは何時かは手詰まりになる。
攻撃力を強化したい。
できることなら飛躍的に性能を向上させたい。
ギルモアは迷いながら修理を続けていた・・・・。
その時であった、
『脳に手を加えろ、ほんの少しの改造だけで飛躍的に性能が向上するぞ』 彼の中の悪魔がそっと囁いた。
「・・・」
『奴の機械は最高性能だ。この性能を完全に引き出すには脳を改造するしかない。』
「だが・・・」
『少しの改造ならば、十分人間らしくやっていける。それよりも、格段に優れた009が見たいんじゃないのか?』
「・・・」
『さあ!』
「・・・」
『脳に手を加えるんだ!』
執拗に誘う悪魔の声。
囁きに導かれ、ギルモアの手は震えながらも電磁場メスへと伸びて行った・・・。
が、伸ばした白衣の袖がワゴンの上の何かに引っかかり、ワゴンのバランスが僅かに崩れた。
大量のピンセットを入れた金属容器や金属カップ、メスやドライバーを入れた金属バットがワゴンから雪崩のように落ちる。それらは蛍光灯の光をキラキラと反射させながら、あるいは不気味な光沢を放ちながら、ギルモアの目の前でゆっくりと、まるでスローモーションのように床へと向かって落ちていった・・・。
次の瞬間、耳を劈くばかりの金属音が部屋中に響き渡り、大量の金属が床一面に散らばる。
そのすざまじい音でギルモアは我に返った。
額にびっしり汗をかいていた。
自分は今、何をしようとしていたのか!!
「いかん、いかん、そんなことは絶対にしてはいかんのじゃ」
彼はは自分自身に言い聞かせるように怒声を上げ、尚も彼にまとわりつこうとしている悪魔の残骸を振り払った。
(4)
「!」
驚いてソファーから身を起こすと、そこはワシの部屋だった。
(夢を見ていたのか・・・。)
額にかいた汗をぬぐうと、窓を開け海の景色を眺めた。
部屋に流れ込む初秋の風が高ぶった気持ちを鎮めてくれる。
それにしてもリアルな夢だった・・・。
もしあのとき009に意識があったら、何と思ったのだろう?
やはり、厳しい目をわしに向けたのであろうか。
ダメージを受けながらも必死で戦い続けるあの子達を見ると、ワシは胸が締め付けられるような思いに駆られる。自分が行って助けてやりたいと思うが、そんなことはできるはずもない。
せめて、身体を強くすることで戦いが有利に進めるられるようにしてあげたい。
今回の008だってそうだった。
彼の無残な姿を見たとき、ワシは気が狂いそうじゃった。
助けてやりたい、そしてもう二度と超々音波などでやられない身体にしてやりたかっただけだった。
なのに・・・
どこで、どう、行き違ってしまったのか・・・。
―― 君にとって彼らはなんなんじゃろう? 実験材料と思ってるわけじゃなかろう・・・。
―― まぁ、「家族」、というところかな・・・・。
コズミ博士の言葉が蘇る。
そう、君達は私にとっての家族 ―― それも大切な子供達なんじゃ・・・。
戦いの場で君達が苦しむ姿を見るのは辛い・・・。
犬死して未来を失わせるようなことはさせたくない。
だからこそ、心を鬼にして君達の身体に手を加え続けた。
・・・・だが、わかって欲しいと思うのは止めにしよう。
これからの戦いを生き抜くためには、耐えてもらうしかないのかもしれない。
君達に平和が訪れるその日まで。
8スキーに有るまじきことなんですが、実は44話が好きです。
彼がぐっと成長した姿がみられるから。
一方で、あの話では科学者としての科学者であるギルモア博士の奢った部分が描かれていましたが、 そのセリフがどうにも納得がいかなくて(納得するもしないも、私がどうこういう話ではないんですが・・・) 、こういう話を捏造してしまいました。
HOIHO的44話の解釈です。
もう1つ書いてみたかったのが、サイボーグの限界。
万能に思われがちですが、生身の脳に掛かる負担は並大抵では ないだろうなという考えをズラズラ書いてたら、支離滅裂に・・・(涙)
どうか、仏の心で読んでください(懇願)。
(03年5月14日 NBG様に投稿)
重いです。 平ゼロ44話の捏造話 ギルモア視点。
44話が苦手な方はご注意ください。
44話が苦手な方はご注意ください。
その晩はひどく蒸し、べたついた汗が身体にまとわりつくような夜だった。
担架ベッドに乗せられ、メディカルルームへ担ぎ込まれた彼の姿を見て、ギルモアは声を失った。
破損箇所を確認し、メスを握る。
無我夢中、ただそれだけだった。
東の空が白み始め、不安な夜が明けようとする頃、大手術はようやく終わりを告げた。
科学者が全ての機器を停止させ、照明を落とすと、辺りはしんと静まり返り、静寂とほのかな光が部屋を支配する。
だが、彼の命をつなぎとめた老科学者の顔に笑みは無かった。
「すまない・・・」
科学者は一言だけ、眠り続ける彼に詫びた。
<真意>
(1)
メンテナンスルームから出てきたワシを、彼の仲間たちは不安と覚悟が入り混じった表情で迎えてくれた。
彼らに手術の成功を告げると、にわかにその場が安堵と喜びに包まれる。
ねぎらい、感謝、賞賛の言葉が聞こえたが、それはどこか遠くの出来事のように思え、素直に喜ぶことは出来なかった。
そして ――
つかの間の穏やかな時間は彼の絶叫で失われた。
非難されるのは覚悟の上だった。
あるいは血気盛んな赤毛の少年ならば、ワシに殴りかかってくるかもしれない。
だが、他に方法がなかったのだ。
彼らがメディカルルームへと駆け込んで行く。
ワシはその後を、鉛のように重い足を引きずって付いていった。
彼らはワシにどんな言葉を浴びせられるのか、あるいは頬が腫れるまで殴られるのか・・・。
しかし、ワシの目に映った光景は、それよりも遥かに痛ましく、途方も無く悲しげで、わしの胸をきつく締め上げた。
呆然と自分の姿を見つめる彼。
何も言わず、彼の姿を凝視する彼の仲間達。
動くものは何1つ無く、彼の身体も、仲間の悲憤も、ワシの罪も、止まった時間の中でじんわりと結晶化し始めていた。
『他に方法がなかった』 話せば解ってもらえる ―― そう思っていた己の甘さを自覚した。
この状況で冷静に話をすることなど到底出来ないだろう。
何とかしなくては。
だが、何を? どうやって?
どうすべきか決まらぬまま、彼の後ろに立つと、ワシの口が条件反射のように動き始めた。
彼の新しい性能、能力、従来との違い。
いかにその改造がすばらしいものかを絶賛する言葉の数々。
その言葉の1つ1つがどれ程までに彼らを苦しめるか、解っているはずなのに、自分のしてしまったことを何が何でも正当化しようと、口が勝手にしゃべり続ける。
思考回路は停止したまま、視界もぼやけて焦点が合わない・・。なのに、舌だけが、口はすっかり渇ききっていて言葉など出せないはずなのに、舌だけが、別の生き物のように饒舌に、意味の無い数字を語り続ける。
「もう、止めてくれ!」
赤毛の少年の言葉で我に返った。
はっとして周りを見つめる。
悲しみに暮れる瞳、瞳、・・・
じっと見つめる栗色の瞳が痛かった。
あの優しい子が、あんなに厳しい目でワシを見たことがあっただろうか。
慰めの言葉が聞きたいばかりに、ワシの部屋に訪れたあの子にすがった。
ワシは間違っていたのか?と。
しかし、彼は「わからない」という風に茶色の髪を左右に揺すっただけだった。
戸惑いの色だけを残して彼は去り、1人残った部屋で、ワシはソファーに座った。
どうすればよかったのか?
自分自身に問い続ける。
どうすればよかったのか?
誰でもいい、教えてくれ・・・。
それでも・・・
この改造は仕方の無かったことと思っている。
(2)
再改造は、これが初めてではない。
戦いに傷ついた彼らを修理する時、メンテナンスの時、折に触れて性能の向上を行ってきた。
そうしなければ、あの強大な敵、ブラックゴーストを相手に生き延びることなど到底出来なかったであろう。
00ナンバーの性能は奴らの手の中にあるのだから。
再改造はワシの持てる力をつぎ込んだ。
部品、材料、電子回路・・・、彼らの機能に関わる研究は休むことなく行ってきたし、性能の向上が認められると思ったときは、迷わずそれを組み込んだ。彼らにしてみれば、自分達がモルモットにしか思えなかった日だってあるだろう。
しかし、ワシは一線 ― 改造によって彼らが「人間を逸脱する」ライン― それだけは絶対に超えないよう、己への戒めとしてきた。言い換えれば、「姿、形」に手を加えること、そして、彼ら自身ともいえる「脳」に対しての改造を禁じてきたのである。
だが、この2つの改造を禁じたことで、サイボーグとしての機能強化は大きく阻まれる結果となった。
まず、外見の改造を制限することで、防御力の向上が思うようにできなくなった。
「生身らしいの皮膚」にこだわらなければ、今よりも強い身体を作り上げることなど造作も無いことなのである。しかし、「生身らしく見せる」材料には限りがあり、結果的には機能を大幅に妥協せねばならない。
今回の008の再改造では、本人は望んだことではないことだったが、この戒めを解いてしまった。
だが、戦闘時の防御力は大幅に向上し、何よりあの超々音波怪獣の攻撃にもある程度耐えうるものになったはずである。
さらに脳への改造を禁じたことで、サイボーグとしての性能を、飛躍的に向上させる術を失った。
脳の改造は、先に言った外見の改造とは比べ物にならない程の効果が期待できるのだが・・・。
何故か。
それは、00ナンバーの性能限界は、脳に依存しているためである。
つまり、「生身の脳」が「機械」を制御する、そのことで性能の限界が生まれてしまうのだ。
わかりやすい例で言えば003はその典型である。
視聴覚機能を強化することで、彼女の脳に入る情報は改造前のそれとは比べ物にもならない。
それを「生身の脳」が処理をしていることを考えれば、脳に掛かる負担が計り知れないことは容易に想像できる。
そのため、例え彼女が望んだとしても ―― 望むとは到底思えないが ―― これ以上の機能を追加することは不可能なのだ。
他の00ナンバーも同じである。生身の頃には体験したことも無いような機能や力、部品1つ1つの制御を「脳」が司る。無論、多少は脳に手を加えてあるし、補助脳もある、が、それであっても唯一と言っていい生身の部分 ― 脳 ― に掛かる負担はあまりにも大きいのである。
だが、この制限を取り払う方法がひとつだけある。
それが「脳」そのものを改造することなのだ。
人間が実際に使用している脳は全体の1/5程度と言われている。この未使用の部分に手を加え、「脳」全体を有効に活用することができれば、サイボーグの性能は飛躍的に向上するわけである。
だが、いくら効果的だからと言っても、ワシはそれだけは絶対にしないと心に決めていた。なぜなら「脳」は「彼らそのもの」であり、「脳」に手を加えることは彼らの「人間性」を著しく奪ってしまうことに他ならないからである。そして、脳の改造は皮膚の改造とは異なり、後戻りができないのである。
一方、ブラックゴーストは、到底人間とは思えない姿への改造も、脳の改造も、何のためらいも無く行ってきた。低コストで高性能のサイボーグを作ろうと思えば当然のことである。0010から0013、サイボーグマン ミュートスサイボーグ・・・。ブラックゴーストの作るサイボーグの性能は確実に向上してきている。ミュートスサイボーグの性能は、00ナンバーを遥かに凌ぐものであり、彼らに勝利できたのは、今思えばただの偶然だった。
そして、これからブラックゴーストが送り込んでくる、サイボーグの性能は・・・・。
ブラックゴーストが復活したと確信して以来、寝ても覚めてもこのことばかりが気になった。どれほど改造された戦士が送り込まれてくるのか、歩兵でしかないサイボーグマンであっても、ムアンバでの戦いのようにはいかないであろう。
機械部分の改造だけでは、そろそろ限界かもしれない。
だから、今回は戒めを解き、皮膚の改造に踏み切った。
本音を言えば脳の改造も施したかったが・・。
そう言えば ――
いつのことだったか、その時も戒めを解こうとしたことがあった。
ムアンバでの戦いの後だったろうか。
ワシは目を瞑り、そのときのことを考え始めた。
しかし、昨夜からの疲れが出たのか、目の前が暗くなり、急速に意識が遠のいていった。
(3)
その日、ギルモアは戻ってきた009達の様子がおかしいことに気付き、修理を始めた。
彼の身体を開けると、まず内部にこもっていた煙が吹き出す。
それに続いてビニールが燃えたような悪臭や油が焦げたような臭いが部屋中に広がる。
その臭いでギルモアの身体が麻痺し、一瞬目の前が真っ白になったほどだった。
「酷い・・・」
彼は009の身体を見て絶句した。
高温下に晒されたのだろう、人工筋肉は熱によるダメージで本来持つ弾力性が失われていた。筋繊維には亀裂が入り、ところどころでは切れてしまっている。筋繊維の切れている箇所が脚と腕、特に右腕に集中していることを考えると、ダメージを受けた後にも尚、戦闘を継続したことが伺える。
被害は人工筋肉だけではなかった。
身体全体が異常に熱い状態で戦ったため、電子回路がショートしICから煙が立ち昇っていた。
これが先ほどの異臭の原因だということはすぐに理解できた。
幸い破損した回路は生命維持に関わる部分のものではなかったが、戦闘能力を著しく低下させたことは容易に想像できる。
さらに機械の駆動部分に用いられている油が蒸発し、こげてこびりついている。
油が突沸したためか、飛び散っている部分もある。
身体の表面にもその痕跡があることからすると、瞬間的に数百度の高温に晒されたものと考えられる。
機械油が蒸発したために、身体を動かす度に金属同士がきつく擦れ合い、それによるキズや削れ粉が到るところにあった。
あまりにも無理に動かしたためか、変形しているところさえある。
幸い内臓部分は損傷は見られなかったが、栄養源パイプ、エネルギーパイプは熱によるダメージで微細なヒビが数箇所見つかった。もう少し長い時間高熱に晒されていたら、エネルギーパイプが割れ、そこからエネルギーが蒸発して発火、彼の身体は内部から爆発を起こしていたに違いない・・・・・。
これほどのダメージを受けても尚、戦い続けた009。
「可愛そうに・・・もっと強ければ、これほど辛い思いはしなかったろう・・・・」
痛々しい009の姿にギルモアは胸が詰まった。
もっと強くなれば、これほど辛くは無い、
もっと強くなれば・・・・
「ワシがもっと強くしてやろう、あんな奴らにびくともしないような」
そう呟きながら彼はさらに強化された部品を使うことを決めた。
だが、修理をしながらも一抹の不安が彼に残る。
こんな小手先の再改造がいつまでブラックゴーストに通用するのか・・・。
敵の攻撃から身を守るための改造ばかりでは何時かは手詰まりになる。
攻撃力を強化したい。
できることなら飛躍的に性能を向上させたい。
ギルモアは迷いながら修理を続けていた・・・・。
その時であった、
『脳に手を加えろ、ほんの少しの改造だけで飛躍的に性能が向上するぞ』 彼の中の悪魔がそっと囁いた。
「・・・」
『奴の機械は最高性能だ。この性能を完全に引き出すには脳を改造するしかない。』
「だが・・・」
『少しの改造ならば、十分人間らしくやっていける。それよりも、格段に優れた009が見たいんじゃないのか?』
「・・・」
『さあ!』
「・・・」
『脳に手を加えるんだ!』
執拗に誘う悪魔の声。
囁きに導かれ、ギルモアの手は震えながらも電磁場メスへと伸びて行った・・・。
が、伸ばした白衣の袖がワゴンの上の何かに引っかかり、ワゴンのバランスが僅かに崩れた。
大量のピンセットを入れた金属容器や金属カップ、メスやドライバーを入れた金属バットがワゴンから雪崩のように落ちる。それらは蛍光灯の光をキラキラと反射させながら、あるいは不気味な光沢を放ちながら、ギルモアの目の前でゆっくりと、まるでスローモーションのように床へと向かって落ちていった・・・。
次の瞬間、耳を劈くばかりの金属音が部屋中に響き渡り、大量の金属が床一面に散らばる。
そのすざまじい音でギルモアは我に返った。
額にびっしり汗をかいていた。
自分は今、何をしようとしていたのか!!
「いかん、いかん、そんなことは絶対にしてはいかんのじゃ」
彼はは自分自身に言い聞かせるように怒声を上げ、尚も彼にまとわりつこうとしている悪魔の残骸を振り払った。
(4)
「!」
驚いてソファーから身を起こすと、そこはワシの部屋だった。
(夢を見ていたのか・・・。)
額にかいた汗をぬぐうと、窓を開け海の景色を眺めた。
部屋に流れ込む初秋の風が高ぶった気持ちを鎮めてくれる。
それにしてもリアルな夢だった・・・。
もしあのとき009に意識があったら、何と思ったのだろう?
やはり、厳しい目をわしに向けたのであろうか。
ダメージを受けながらも必死で戦い続けるあの子達を見ると、ワシは胸が締め付けられるような思いに駆られる。自分が行って助けてやりたいと思うが、そんなことはできるはずもない。
せめて、身体を強くすることで戦いが有利に進めるられるようにしてあげたい。
今回の008だってそうだった。
彼の無残な姿を見たとき、ワシは気が狂いそうじゃった。
助けてやりたい、そしてもう二度と超々音波などでやられない身体にしてやりたかっただけだった。
なのに・・・
どこで、どう、行き違ってしまったのか・・・。
―― 君にとって彼らはなんなんじゃろう? 実験材料と思ってるわけじゃなかろう・・・。
―― まぁ、「家族」、というところかな・・・・。
コズミ博士の言葉が蘇る。
そう、君達は私にとっての家族 ―― それも大切な子供達なんじゃ・・・。
戦いの場で君達が苦しむ姿を見るのは辛い・・・。
犬死して未来を失わせるようなことはさせたくない。
だからこそ、心を鬼にして君達の身体に手を加え続けた。
・・・・だが、わかって欲しいと思うのは止めにしよう。
これからの戦いを生き抜くためには、耐えてもらうしかないのかもしれない。
君達に平和が訪れるその日まで。
8スキーに有るまじきことなんですが、実は44話が好きです。
彼がぐっと成長した姿がみられるから。
一方で、あの話では科学者としての科学者であるギルモア博士の奢った部分が描かれていましたが、 そのセリフがどうにも納得がいかなくて(納得するもしないも、私がどうこういう話ではないんですが・・・) 、こういう話を捏造してしまいました。
HOIHO的44話の解釈です。
もう1つ書いてみたかったのが、サイボーグの限界。
万能に思われがちですが、生身の脳に掛かる負担は並大抵では ないだろうなという考えをズラズラ書いてたら、支離滅裂に・・・(涙)
どうか、仏の心で読んでください(懇願)。
(03年5月14日 NBG様に投稿)
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