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最期の仕事   (職人・大山源一郎Comments(0) )

アルベルトのナイフにまつわる話。




それはまるで魔法だった。

職人が金属を砥石に当てると、それらが甲高い音を奏でながら擦れ合い、 ねずみ色に変色した水が滴り落ちる。 彼の手の中にある金属が見る見るうちに光沢を帯び始めた。

機械の脇ではアルベルトと大山がその作業を見つめている。


ウィィィ・ィ・・ィ・・・ィ・・ン

作業場を支配していたグラインダーの音が止むと、そこにつかの間の静寂が訪れる。
職人は厳しい目で自分が削り落とした金属の刃先を凝視し、小声で一言二言何かを呟くと再び、砥石に向かった。

ウィィィィィィーーー

モーターの回転数がグングン上昇し、耳を劈くばかりの音が再び辺りを充たす。


そんな行為を何回か繰り返し、ようやく納得のいくものができあがると、 職人はそれをそっと脇の作業台に置いた。刃が二十数枚。同じ形をし、 美しい光沢を放つ金属片が一定の秩序を保ちながら静かに並んでいた。
刃先のカーブは皆、寸分の狂いもなく優雅な弧を描いており、表面は鏡のように くすんだ緑色に塗られた部屋の風景を映し出している。 刃先の一点から反射される光は、まるでコンデンサーのように辺りの光という光をかき集め、 刺すように光を反射した。アルベルトはその光の強さに自らが切り落とされてしまいそうな 錯覚に陥った。



「どうだ、なかなかのものだろう?」

アルベルトの隣にいた大山が、小声で囁いた。

「あぁ。想像以上だ」

少しばかりの興奮を押さえながら、目は作業に釘付けになったまま答えた。

「これが俺の左手、というわけか」



***




「自分に使われているナイフを研ぐところを見たい」


そう言い出したのはアルベルト本人だった。



接近戦でしか使えないナイフを使用する頻度はミサイルやマシンガンのそれと比べると 極端に低い。寧ろ、閉じ込められた仲間を救出する、あるいは食料の確保、戦闘以外の 目的で使用することが多かったナイフにアルベルトはミサイルやマシンガンとは違った 想いを抱いていた。




愛着とは全く別物だが、




兵器といって忌み嫌うほどのものでもない。





ブラックゴースト時代のナイフも当然切れた。
ロボットであろうと、一振りで相手を切り落とすことが出来た。
しかし、日本で加工したそれは今までよりも格段に切れるようになっていた。

金属1つ切るとしても、その手ごたえが全く違う。
目標に触れた瞬間だけカチリと金属が触れ合う手ごたえを感じるが、 次の瞬間、すーっと刃が相手の中へと飲み込まれていく。



「ナイフを作るところを見せてはもらえないだろうか?」




工場(こうば)を尋ねたアルベルトは大山に頼んだ。




「構わないと思うが・・・」
「思うと言うと?」



このとき初めてアルベルトはナイフの製作者が大山以外の人間であることを知った。





***





大山と2人で訪れたその工場も大山のそれと同様、小さなものだった。
「清さん」と呼ばれた職人、檜山清三が一つ一つを手作業で作り上げる。

外見からも檜山の年齢は優に70歳を超えており、顔、腕、身体の全ての部分に深いしわが刻まれていた。 落ち込んだ目。しかしその眼光は刺すように鋭く、刃先を見つめるそれはまるで敵に対峙しているかのような厳しさがある。 その視線でアルベルトの背筋にゾクリと寒気が走ったほどだった。
歩く動作は弱々しく、つい手を差し伸べたくなるほどだったが、その彼が一旦刃物を取ると、 身体の全ての感覚が刃物に集中し、「研ぐ」そのためだけに動き続ける。




「15歳でこの世界に入って、半世紀以上だからな。刃物もこの機械も体の一部みたいなもんだ。これが無いと生きていけない」

檜山はアルベルトを見上げた。

「ある意味アンタたちと同じなのかもしれん」

そう言うと檜山はまた新しい金属片を手にとり、グラインダーを動かす。 彼の手の中で金属がギラリと光りはじめる。






とそのとき、リズム良く動き続けてきた檜山の手がピタリと止まった。







視線は手元の刃を見つめたままの彼の口から言葉が零れる。








「死ぬまでこの仕事をするつもりだったがな―――、」








まるで必死に自分に言い聞かせるように彼は目を伏せた。









「この仕事を最後に、工場をたたむことにした」









その声が小さく聞こえたのは、モータの音がやかましかったからなのだろうか。
彼が俯きがちに話したからなのだろうか。








自嘲気味に檜山が笑うと、何も言わずに作業を続けた。








それっきり、彼は何一つ言葉を発せず黙々と砥ぎ続けた。
あるときは、金属をいとおしむように
あるときは、機械に語りかけるように
長年の想いをその一瞬、一瞬に詰め込んでいるように思えた。



檜山が最後の一枚に取り掛かると、大山はアルベルトに「行くぞ」と声をかける。
2人は檜山を残し、作業場を後にした。















「最後は1人にさせてやらんとな」

打ち合わせ用の部屋に戻ると、大山は煙草に火をつけ、それを深く吸い込んだ。
ここちよさそうに、煙をふぅっと吐き出す。

「どうして工場をたたむんだ? 清さんほどの腕だったらまだまだやれるだろう?」
アルベルトの問いかけに、しかし、大山は無言だった。
「この不景気か、それとも歳か」
「それもある。だがな・・・」
そう言うと、大山は灰皿へ煙草を無造作に押し付けた。





「今となっては清さんのような超一流の腕ってのは、あまり必要とされないんだ」





大山が言葉はどこか自分へ言い聞かせているようでもあった。
確かな技術を持った職人が必要とされない。それはにわかに理解できる言葉ではなかった。
「言っている意味が良くわからんが」
アルベルトが怪訝な目で見つめる。
「そうだな・・・どう説明すればいいのか・・・・」

そう言うと大山は新しい煙草に火をつけ、椅子から立ち上がった。
窓際に向かい、北風に揺れる葉のない木々を見つめた。





「結局誰も、超一流の品物を欲しがらなくなったんだ」





その言葉に、いつもは力強さしか感じられない大山の背中が小さく感じられた。






「昔はな、刃物ってのは一生物でな。一本買えば、それを砥石で研ぎながらせっせと手入れしたもんだ。 いい刃物だって手入れをしないとすぐにへたる。だが、ちゃんと手入れをすればいつまでだってよく切れた」

大山のいつに無く感傷的な口ぶりにアルベルトはただ黙って聞いていた。。

「だがな・・・」

大山は振り返った。

「使い捨てがあまりにも便利になりすぎたんだ。抜群に切れなくてもいい。そこそこに切れればそれでいい。 その代わり切れなくなったら新しいものに買い換える。だからべらぼうに安いものが売れる」
「・・・」
「いや、俺はそういうものが悪いって言ってるわけじゃねぇぞ。 例えば今流行りの100円で何でも買える店な。アレはずげぇよな。 たった100円であれほどのものを売れるんだから。 そりゃ、俺たちが造る物に比べると雑で長持ちしないものかもしれないが、それでも、あの値段で、 あれだけのものを、全く同じようにたくさん作るんだ。 それはそれで新しい時代の『技』だ。人が求めたものを、作って、売る。それだけの話だ」





ここで大山は言葉をつぐんだ。
窓の向こうから北風が吹き抜ける微かな音が聞こえた。




「ただ、俺たちの仕事ってのはそこから少しずつ離れていってるんだ」





手元の灰が重たくもたれ始める。





「清さんところにもな、『そんなに仕上がりにこだわらなくて良いから安くしてくれ。』そういう注文が多くなってきてな、潮時だって思ったそうだ」





大山の指で重く垂れ下がっていた煙草の灰が音もなく床に落ちた。











「待たせたな」


ドアが鈍い音を立てて開き、檜山が入ってきた。

「丁度30。完納だ」

目の前に30枚の刃が置かれた。
寸分の違いもない、それらは皆、箱の中に正しく治まり、 部屋の蛍光灯の光で静かにきらめいている。


「最後だと思うと、寂しいな」アルベルトが残念そうに呟く。
「まあな」
「清さん、頼みがあるんだが」
「なんだ?」

意外と言う顔で檜山が彼を見た。

「一枚だけ、ナイフに銘を打ってくれんか?」
「銘か・・・。そう言ってもらえると嬉しいが・・・遠慮しておく」
「遠慮って・・オレが頼んでるんだぞ」
「そうだったな。だが、銘を刻んだら、特殊な用途のこの刃は使い物にならなくなるだろう」
「記念に残しておくものだから構わない」
「そう言ってもな、突然その1枚が必要になることがないとも限らんだろう?お前らの場合」
「・・・・」
「命とリになりかねん。遠慮しておくよ」
「頑固だな」

アルベルトが苦々しく笑った。

「それでも、最後の仕事がお前の仕事でよかったよ」
檜山は椅子に腰掛けながら、彼に話し掛けると、シワの中の目が一層奥まっていく。
「そうか?」
「あぁ、最高に腕を振るえる仕事だったしな・・・・。なにより・・・お前がドイツ人だから」
「それは・・・どういう意味なんだ?」
「つまり、俺はこの半世紀、ドイツ製の刃物を越えるためだけに仕事をしてきたようなものだからな」
アルベルトはじっと老人の話に耳を傾けている。
「俺たちがまだ仕事を始めたばかりのころってのはさ、舶来物が好まれてな。 刃物ならドイツ製と言われてた」
「・・・・・」
「俺たちの目標はドイツの刃物を超えることだった。 まぁ、俺自身の研いだ刃がドイツ製を超えたかどうかわからんが、 最後の仕事でそのドイツ人を唸らせられたんだから本望だ」


「何を言ってるんだ、清さんの刃物は世界一だ。このオレが保障する」
大山が檜山の肩を軽く叩き、「ごくろうさん」と声をかけた。



「ありがとよ」


檜山はほっとした表情ではじめて人懐っこい笑みをこぼした。
そこに居るのは、ただの小柄な老人だった。









檜山がこの世を去ったとアルベルトの元に連絡が入ったのは、 それから僅か3ヵ月後のことであった。





あとがき
・・・これって009の二次小説なんでしょうか?<自分で言わないこと。

ネタはずいぶん前からあったんですが、どうやって書いたら良いものか、まず、 刃をどうやって加工するのかが解らなくって、 結局かなりの部分を想像で書いてますし、事細かに書く必要も無いだろうと端折っちゃった部分もあります。 (結局また嘘を書いたわけだ。)
だから良い子の皆様は信じないでくださいね♪<開き直りっ!
いや、そもそもアルベルトのナイフを刀鍛冶がつくるもんなんでしょうかね。

それにしても・・・・

源さんシリーズはどうしても説教臭くていけません。
(03年7月20日NBG様に投稿)
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