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機械の歌  (職人・大山源一郎Comments(0) )

源さんとピュンマとの話 かなりプロ○OクトXが入ってます





機械の歌


この重苦しい建物に掴まって9時間強、やっと今、解放された。
ぐったりとした気分で回転ドアを抜けると、すでに日は暮れていた。
3月だというのに、刺すような北風が彼に吹き付ける。
軽く身震いをし、街灯を見上げ、ピュンマは1つ溜息をついた。

(今日も全く成果無し・・・か)

今回の来日はミッションではない。ムアンバ復興の支援要請、しかも物資ではなく人材の支援要請だった。
復興に向かうムアンバでは、勿論、差し当たりの援助も必要だが、何よりも自立することが急務であり、産業、農業、あらゆる面で海外の指導者を欲していた。
しかし、ボランティア同然で海外へ、しかも政治的に不安定な国へ技術指導に来てくれる物好きはそうそう居ない。
今日も農業指導者の派遣を頼みに来たのだが、案の定、色良い返事を得ることはできなかった。
彼の国は異常気象による不作で多くの餓死者が出ている。資料を見せ、指導者の必要性を訴えたが、そうそう簡単に事が進むものではない。相手にだって相手の事情があるのだ。

  ―収入がほとんど無い状態で日本に残す家族を養うことはできない。
  ―政情不安な土地で自分が二度と帰国できなくなるような危険は犯したくない。
                                
どれも理解はできる。だからと言ってこのまま簡単に引き下がるわけにも行かない。

「はぁ・・・・」

再び溜息が漏れた。
長時間の会議による疲れ、暗礁に乗り上げた交渉のお陰で気分は最悪だった。
こんな日はさっさと帰って寝るのが一番、と思ったその時、道路の反対側に見覚えのある人影を見つけた。

(誰だろう・・・・?)

彼は何気なく立ち止まってその姿を目で追った。
相手も視線を感じたのか、ピュンマの方を見た。
目が合った瞬間、ピュンマはひどく後悔した。
視線の先に居たのは・・・大山だった・・・。

―大山源一郎 (通称 源さん) 00ナンバーの金属部品の加工に携わる町工場の職人である―

”後悔した”と言っても、ピュンマは大山のことを嫌っているわけではない。
黙々と仕事をこなし完成度の高い部品を作る・・・・。その姿には好感を感じ、尊敬の念も抱いている。だが、彼と2人きりになると会話が弾まない、弾まないどころか会話にならない、そんな些細な理由でピュンマは大山を少々苦手にしていたのである。

出来ることならこのまま気付かない振りをして通り過ぎてしまいたい、とさえ思う。
しかし、目が合ってしまったからには逃げるわけにもいかないだろう。

(今日はつくづく付いてないな・・・・)

車の流れが切れた隙に道路を渡り、大山のほうへと走り寄る。
「こんばんわ、お久しぶりです」
ピュンマは努めて明るく言った。
「確か、先生のところの・・・・」
「ピュンマです」
大山が自分の名前を言おうとするのを遮るように名乗った。
こんなところで呼称コードで呼ばれたらたまったものじゃない。

「もう、仕事は終りなんですか」
まずは当り障りの無い話題を振る。しかし、大山の答えは実に簡潔に、「あぁ・・・」の一言だった。
「そうですか」とピュンマも言ったっきり、次の言葉を続けることが出来ない。

(ほら、もう話題が無い・・・・)

話題が無い以上、ここで突っ立っていても寒いだけだ。
「それじゃあ、失礼します」と言い、駅の方へ足を向けたその時、大山が発した一言にピュンマは我が耳を疑った。


「これから一杯やりに行きませんか?」
「ハ!?・・・イ」


あまりの突然の誘いに、ピュンマの声は少し声が裏返り、実に間抜けな返事をしてしまった。








駅へ向かう人の波に逆って歩くのは大変だ。

大山は向かってくる人を気にする風でもなくスタスタと歩いて行く。
一方、ピュンマは必死で人をよけながら大山を追いかける。
追いかけながら彼は深く後悔していた。
誘いを断る言い訳などいくらでもあったはずである。仕事の仲間と打ち合わせ、ギルモア邸でミーティング・・・なのに咄嗟のことで逃げ口上も思いつかず、この気の重い相手と飲みに行くことになってしまった。
やがて2人は人混みを避けるように路地に入り、1件の店の前で足を止めた。



それは古びた作りの飲み屋だった。



暖簾をくぐると、カウンターと少しの座席がある小さな店、20人も入れば満席になるだろう。
日本には何度も来ているピュンマでさえ、この手の店は初めてだった。
スーツ姿の自分は浮いている、そんな風に思った。

店に入ると、「源さんかい? 久しぶりだね」店主と思しき男が明るく迎えた。
大山は、「おう、大将」短く挨拶した。
”大将”と呼ばれた店主は、大山の後ろに居たスーツ姿の黒人に一瞬驚いた様子ではあったが、
「接待だったら、もっとマトモなところにつれて行くもんだぞ」
そう言って豪快に笑った。

演歌が流れる店内にまだ客の姿は無かった。
2人はカウンター奥のパイプ椅子に座り、大将から差し出されたお絞りで手を拭いた。

「何にします?」
「冷で」
「そちらのお客さんは?」
「同じ物を」

「へぇ~お客さん日本語上手なんだね」大将は感心しながら二人の前にコップ酒とつまみを出した。

大山は何も言わずに飲み始める。
ピュンマも同じように飲んだ。

隣の男は無言、流れる音楽は耳に馴染まない、どう考えても自分だけが浮いている雰囲気・・・・。居心地が悪いこと、この上無い。何故大山は自分をここに誘ったのか。ピュンマは飲みながらその理由を懸命に探していた。



大山を持て余している彼を不憫に思い、大将が気を使って話題を振ってくる。

  ―お国は?
  ―ムアンバです
  ―あぁ、自衛隊がPKOで行った・・・
  ―それはルワンダです
  ―ムアンバ ルワンダ・・・似てるねえ・・・

大将と世間話をしているうちに客も徐々に増え、店内が賑やかになってきた。大将もピュンマばかりに構っていられるはずも無く、他の客の相手も始めた。店に響く笑い声、流れる音楽、自分達の会話が他人に聞かれないくらい賑やかになった頃を見計らったかのように大山が静かに口を開いた。


「先生は・・お元気ですか?」


大山が「先生」と呼ぶのはギルモア博士のこと、と理解するのは、酔い始めた頭には少し時間が必要だった。
「あぁ、相変わらずですよ」
そう言ってピュンマはまた酒を一口飲んだ。
「そりゃ、よかった・・・・」
ギルモア博士のことで自分達が知らないことを大山が知っているというのか?
そう思って、「博士が何か?」と言いかけたピュンマを遮るように、大山が再び口を開いた。



「ピュンマさんは・・・どうです?」
「僕?」

話が自分のことに及んでピュンマは少し驚いた。

「僕はこの通り、元気ですよ」

そう言って大山に努めて明るい顔をしてみせた。

「そうですか・・・・。ピュンマさんはいつもその答えだ」

大山は自嘲気味に笑った。
流れている音楽のタイトルはわからないがギターの悲しい旋律だけが耳に残った。
楽しそうな他の客とは正反対に、最奥のこの席だけが通夜のようにひっそりしていた。

ピュンマは自分にしか聞こえないくらいの小さな溜息を漏らし、また一口酒を飲んだ。
店内の賑やかな話し声や笑い声も、どこか遠くの出来事のように思えた。
悲しそうな曲の後は、男性歌手の楽しげな歌が流れ始めた。

「ピュンマさん・・・」 大山は更に言葉を続けた。

「はい」

「俺ねぇ、常々思ってるんですけど・・・・機械って歌うんですよ」

「うた・・・ですか?」

話題が変わったことにピュンマの思考はついていけない。虚を衝かれたように大山を見返す。

「どういう意味でしょう?」

ピュンマの疑問に大山は落ち着いた口調で話を続けた。

「機械ってのは、いろいろな部品を組み合わせて作りますよね」
「えぇ」
「それらの部品がお互いにうまく噛みあって動いている時の音っていうのは、俺には歌っているように聞こえるんです」
「はぁ・・・・」
「逆にどこかが壊れている時や部品同士の相性が悪い時は、歌うどころか、聞くに堪えない悲鳴をあげるです。
俺が仕事で使う機械もそう。だから俺は毎朝 必ず”奴ら”の歌を聞くんです・・・。『あぁ、今日は調子がいいな』、とか、『どこか具合が悪いんだな』ってね。歌を聞きながら”奴ら”を手入れすると、どんなに古い機械ででも、必ずいい音色で歌い始めるんですよ」


大山が自分を誘った理由がだんだんわかってきた。
彼のささやかな動揺を見透かしたかのように、大山が言った。



「ピュンマさんの身体は・・・・歌ってくれますか?」



返す言葉が、無い。



先週終えたメンテナンスのことが脳裏をよぎる。
メンテナンスの後、ピュンマはギルモアにこっぴどく叱られた。 『これほど部品が壊れていれば、何らかの自覚症状があっただろう。何故その不調を言わないんだ』と。

勿論、自分の身体の異変に自覚症状が無かったわけではない。
変な音がすると思ったこともあったし、身体を動かすと何かが引っかかるように感じたこともあった。
でも、日々 自分の身体に気を配り、手入れするなどということは、自分自身を「兵器」と認めているようで抵抗があった。



― 無機質で命も感情も持たない金属やプラスチックに包まれた自分の身体 ―



人間では無いことを自覚しながら過ごす日々など望んだことではない。せめて平和な時だけでもあたりまえの人間らしく生活したい。そんな想いから機械の不調に対して知らず知らずのうちに目も耳も閉ざしてしまっていた。


ピュンマはコップに残っていたわずかの酒を飲み干した。
少し乱暴にコップをテーブルに置き、大山に表情が読み取られないように、少しだけ俯いた。

「いいえ・・・歌っているのをちゃんと聞いたことはなくて・・・・」

ここで彼は次の一言を躊躇った。
大山は何も言わずに彼の横顔を見つめている。



「聞いたことが無いというか・・・・、聞きたいとも思わない・・・・・です」



自分の身体に対する嫌悪感を少しだけ滲ませた。



「そうですか・・・・」
大山はそれ以上何を言うでもなく、また酒を飲み始めた。
いつしか音楽は別の曲に変わっていた。
女性歌手が歌うその歌は、短調なメロディーでピュンマの気持ちをさらに憂鬱にさせた。
軽い目眩が彼を襲う。
脳がゆっくりとかき回されているような感覚、身体が火照りどこか地に足が付いていないような気分・・・。 とうとうアルコールに身体ごと征服されてしまったらしい。


会話はしばらく途切れていたが、大山がピュンマに聞こえるかどうかの低い声で呟いた。

「でも・・・・自分の身体の調子が悪いことは気付いているんでしょう?」

ピュンマは目を見開いて大山を見た。
大山は彼の表情をチラッと見ると、再びコップを見つめながら話を続けた。


「1年前でしたか・・・先生が俺のところに来たんです。どこかの大学の金属材料の先生を連れて。なんでも、『新しい金属を開発したから、それで部品を加工して欲しい』って・・・・・あなたの部品でした。軽いくせにやけに強くて固い金属、SHメタルって名前の金属でした・・・・」


― SHメタル・・・・・・


彼は大山の話を聞きながら、ヨミの戦いから戻ってきた時のことを思い出していた。






話がある、とギルモアに呼ばれ、書斎に入った彼にギルモアは深々と頭を下げた。
  ― あの時は・・・申し訳なかった。
それが何を意味するかはすぐに理解できたが、ギルモアに返す言葉が見つからず押し黙ったままで居た。
  ― 皮膚を・・・その・・・・、今すぐには無理なんじゃが、元に戻そうと思うがの、どうじゃろう。
  
ギルモアはその後、延々と彼の身体、性能、そういったことを話し続けた。

要約すれば、彼の身体を構成する金属は身体全体に均等にかかる圧力には非常に丈夫だが、超音波光線のように、部分的に加わる衝撃や力には想像以上に脆くて弱い。それを解消するために、あの時は思い余って鱗の皮膚にしてしまった。他に方法が無かったことも一因だったという。
しかし、自分の行いは、やはり間違っていたと思い、T大学の教授との共同研究で新しい材料を開発することになった。今の彼の身体を構成している金属を開発中の新材料に置き換えれば、弱点だった脆さは解消できるのだという。

自分の身体に再改造に近い形でメスが入るというのは不安が無いわけではなかったが、博士の熱意に押し切られる形で同意をしたのであった。


(あのときに開発したのが、SHメタルだったというわけか・・・・・)








「なんだい、ピュンマさんのコップ、空じゃないですか!!!」




大将の飛び切り大きい声でピュンマは我に返った。

「だめだよ~~、空になったらちゃんと言わないと」

目の前の大将は豪快に笑い、彼のコップに酒を注いでくれた。
心ここにあらずと行った表情で酒を注がれる彼。
大山はそんな彼の様子を気にする風でもなく、淡々と話しを続けた。 


「俺の本業は金属を削って加工すること、それに関しちゃ誰にも負けないつもりでいた。
だが、SHメタルを思うように削ることが出来ない、固すぎるんですよ。やっと思い通りの形に仕上げても、最後の仕上げでわずかに変形してしまう。だから、先生が求めているような部品が作れないんです。
金属の削り方を考え、削るための刃を砥ぎ、思いつくことを全部試しました。やっとこれで使い物になるかなって言うのが作れたのは10日後でした」

「・・・・・」

「今ではずいぶんとうまく作れるようになったんですけどね、でもまだまだ失敗が多い。10個作ったら、物になるのは3,4個ってところですかね」

「そう・・・・だったんですか・・・」

「でも、その3,4個でさえ、図面通りじゃないんです。今、先生の所に納めているのはいくらか程度の良い部品というだけで、実際は不良品なんです・・・。だからね、ピュンマさんの部品は他の人に比べると壊れやすいはずなんです」
「・・・・・・」
「ピュンマさんが『身体の調子に悪いところは無い』って言う度に申し訳ない思いでね・・・・すみません」

大山が詫びた。

「近いうちにあなたの部品を完璧に仕上げますから、必ず」

相変わらずコップを見つめ続けている大山の目は確固たる決意がみなぎってるように思えた。
彼の話し振りからすると、抱えた課題は並大抵のものではなさそうだった。
自分のためにここまで一生懸命になってくれる人が居る。
ピュンマは何か言おうと思うが、適当な言葉が見つからない。


「混んで来たからそろそろ出ましょうか」そう言って大山は立ち上がった。気が付けば店に入って3時間が過ぎていた。





店の外に出る。外の空気は冷たいが、火照った身体には丁度良く気持ちいい。

「すみませんね、しゃべりすぎました・・・」

大山は赤くなった鼻の頭を掻きながら言った。

「でも・・・・・」
「でも?」
「そんなに邪険にしないでやってください、他の誰でもない、あなたの身体なんだから」
「・・・・・」





サイボーグの自分。




戦争の道具として改造された身体。



もう、両親から与えられた身体はほとんど残っていない。
そして、生身に恋焦がれていないといえば嘘になる。



無機質で命の無い金属に囲まれた機械の身体



・・・・本音を言えば、機械の身体は・・・嫌いだ。



しかし・・・



大山がポツリポツリと語った話を1つ1つを思い出す。



温かみの無いプラスチックチューブ、冷たい光沢を放つ金属・・・。



どれも命は無いはずなのに・・・。



それぞれの部品には作った人の思いが込められているのだ。



自分を支えてくれている数知れない「育ての親」へ思いを馳せる。







小さな交差点まで来ると「俺はこっちの方向だから」と大山は彼に軽く手を上げた。
寒さで少し前かがみになった後姿が遠ざかっていく。

「源さん・・・・」
ピュンマの言葉に大山が立ち止まって振り返る。



「今度、僕の部品を作るところを見に行ってもいいですか」


「えぇ、いつでも。待ってますよ」



少しだけ大山が笑い、また歩いていった。
ピュンマはその姿が見えなくなるまでずっと見つめていた。





大山が見えなくなると、ピュンマは目を瞑り、自分の歌に耳を傾けた。





あとがき

8と源さんを飲み屋に連れて行きたくて書いた話。
子供のときにミシンの音が大好きで、歌のように思っていたのがもともとのネタです。
とかく、金属とかプラスチックとか、無機質で感情が無いと言われがちですが (実際そうなんですが)、作り手の想いは、作るものが難しいほどに深いんじゃないかと。そう思うのです。

(03年3月29日 NBG様に投稿)
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