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想い  (職人・大山源一郎Comments(0) )

源さんがギルモアを慕う理由は。源さんが作り手の想いを語ります。でも出てくるのは博士ではなくジェット。




 ここに来てからもうどれくらいの時間が過ぎたのだろう。ジェット・リンクは大きく溜息をついた。
 彼が居るのは薄暗い工場(こうば)の最奥。太陽の光が全く当たらないこの場所は、 小春日和の陽気など全く無関係に、湿気を帯びてひんやりとした空気が静かに澱んでいた。
 焦げた機械油の臭いがやたらと鼻につくのが不快だった。
 彼の背中には古びた背の高い機械が居心地悪そうに鎮座しており、 コンクリート剥き出しの床に座り込んで機械に背中を預ける彼もまた居心地悪そうに時折もぞもぞと居住まいを正した。 背中の金属とコンクリートの床は彼の体温で一向に暖まる気配はなく、逆に冷気の塊が徐々に彼の身体を冷やしていた。



 ほんの5分で片付く用事だった。
 大山製作所に設計図を預け、明日メンテナンスになる自分自身の部品を預かる。 たったそれだけの仕事だったはずなのに、ここに来てすでに2時間以上が過ぎた。
 大山を待つだけであれば、テレビ(といっても映りの悪い14インチの旧式のものだが)があるし、 それを見ながら打ち合わせ用テーブルで呑気にお茶でも飲んでいればいい。実際いつもそうしてきたのだが 今日はあいにくその場所が先客に占領されていた。



 話は今よりきっかり2時間前に戻る。











 「よう!」
 いつものように軽いノリで大山製作所のドアを勢いよく開けたジェットの目に飛び込んできたのは、 見たことも無い厳しい表情で話す大山だった。そして彼の前には歳でいえば25歳くらい、 線の細い、設計者なのだろうか、見るからに神経質そうな男が座っていた。
 2人の間にはテーブル一面を隙間無く覆い尽くした設計図の数々。それらは無造作に無秩序に広げられ、 その光景だけで話の内容が途方も無く複雑であることが理解できた。
 大山は戸口に立つジェットに気付く様子も無く、図面と男とをかわるがわる見据えて淡々と話し続けていた。 時折、男がひと言ふた言反論を試みるが、それは大山の「違うんじゃないか?」という言葉に制された。
 隙間の無いテーブル、議論に集中する2人、自分の居場所など全くない、そう感じたジェットは 外で時間を潰すことにした。幸い大山製作所の近くには車雑誌読み放題のコンビニがあったはずだ。


 しかしそれから30分後、大山製作所に戻ってきたジェットは愕然とした。 状況は彼が出かける前と全く変わっていなかったのである。
 自分がないがしろにされているように思え、彼は少しだけ苛立ちを覚えた。わざと大きめの音を たててドアを閉め、それから大袈裟に溜息もついて見せた。しかし肝心の2人はそんな彼に気付くことも無く議論を続けていた。
 埒のあかない状況に一旦帰ろうとも思ったが、今帰ってしまっては自分のメンテナンスに使われる部品が手に入らない。 結果的にメンテナンスの日程が遅れてしまう。それもまた避けたかった。
(終わるまで待つしかない、か)
 彼はとうとう観念し、打ち合わせが終わるのを待つことにした。が、2人を視界に入れると苛々が募りそうだと思い、 丁度死角になる場所を陣取った。そして現在に至る・・・わけである。



 気の毒なジェットに構うことなく議論は続いた。時間の経過と共に大山の口調が徐々に厳しさを増す。
「だから何度言えばいいんだ、この部分だ!」
 とうとう彼が怒鳴った。テーブルを叩いたのだろう、鈍い音が工場に響く。
「ですが・・・」
 項垂れていたはずの男は、しかし、外見からは想像できないようなしっかりした口調で反論をはじめた。
(オイオイ、この期に及んでまだ続ける気かよ・・・)
 勘弁してくれよという気持ちでジェットは暗い天井を仰いだ。
「確かにこの部品が壊れたら、仰るとおり怪我人が出ます・・・・けれどこの部品が 破損する確率は非常に低い・・・というかゼロといってもいいでしょう。そういう設計なんです。 普通に使っていれば何ら問題は無いはずです」
「だから、その普通ってのはどういう意味だ?」
 憮然とした大山の声に男は反論の言葉を失った。
「大抵の、いや、すべての事故はな、他人から見たら普通じゃないときに起きるんだ。だろ?」



 途方も無く長い沈黙が流れた。



「まぁ・・・」
 沈黙を破ったのは大山の声。続いてライターを擦る音がして、ふぅっと溜息なのか煙を吐いたのか、 息を漏らす音が聞こえた。
「コストを出来るだけ押さえろと言われてやむなくこうしたんだろう。同情するわけじゃねぇが 大変なこどだ。だがな、大変だからといって使う人を危険に陥れるような設計を俺は受け付けない。 もう一度よく考え直してくるんだな」

 ガタガタと椅子を引く音がした。どうやら終わったらしい。ほっとしてジェットは機械から頭を覗かせると、 男が軽く一礼をして出て行くところだった。
 鉄製のドアがバタンと閉まり、瞬間、一切の音が消えた。
「おう、終わったぞ」
 大山が機械の方を見やる。
「なんだ、俺が来たこと知ってたんだったらこっちの用を先に済ませてくれよ」
 反論をしてみたが大山の表情は全く変わらなかった。
「源さんにしてはずいぶんと熱心な説教だったじゃねーか。あれじゃ、あのニーチャン二度とここにはこないんじゃねーか?」
「奴か?」
 大山は山のように盛り上がった吸殻を捨てながら応じる。
「アイツだったらまたここに来るさ」
「たいした自身だな」
「アレは俺じゃないと削れない。それに・・・」
 空になった灰皿をジェットの前に置きながら椅子に座った。
「あいつはちゃんとわかっているから」
 新しい煙草に火をつけ、美味しそうに煙を吐く。
「さっきの話のことか?」
「ああ」
「恐ぇーって思ったぜ。鬼の大山源一郎って言われてる意味がわかったもんな」
「鬼もなにも、使っている人が危険に晒されるような設計はいくら金を積まれてもやるわけにはいかん」
「?」
 大山は煙草を吸いながらぽつりぽつりと話はじめた。
 先ほどまで居た若者はジェットの予想通り設計エンジニア。 大型機械の部品の設計図面を持ってやってきたのだが、肝心の設計が大山には「甘く」みえたのだという。 特殊な条件下ではその部品が壊れ、結果、作業者が怪我をしてしまうことがありえる代物だという。 怪我の程度も腕を切り落とす、あるいは場合によっては即死だって考えられるレベルなのだとも付け加えた。
「おだやかじゃねーな」
「だろ?」
「でもよ、あのニーチャン『部品は壊れません』って言ってだじゃねーか。案外、大丈夫なんじゃねーのか?」
 両手を頭の後ろに組み椅子の背もたれに身体を預けた。椅子がギシリと音を立てた。
「オマエがそんなことを言ったら罰が当たるぞ」
「なんだよ、俺だってそのくらい言ってもいいだろう?」
 ジェットは茶化すように笑ってみたが、大山は全く笑わない。
「いいものがあるから待ってろ」  言い残すと大山は奥へと入っていった。そして数分後、彼の手には数枚の図面があった。

「これな、オマエの脚の図面だ」

 テーブルに一枚の図面を広げる。

 図面にはさまざまな部品が描かれていた。寸法を示す数字は規則正しく一切の乱れの無い丁寧さを感じた。 設計者は几帳面でかつ神経質そうな人物なのだろう。そしてその図面の所々には違う筆跡 (それは丸みを帯びていて、 どちらかと言うと呑気な人物が書いたのもだろう)  で修正が施されていた。

「俺の図面なのか。初めて見たな」
「この図面、修正もたくさんされているから先生に頼んで新しく書き直してもらってな・・・。実はもう要らないんだけどよ。 どうしても捨てられないんだ」
 そう言って大山は照れたように笑った。いらなくなったものを後生大事に持っているなど子供のようだと思っているらしい。
「ふぅーん」
 ジェットが図面を嘗め回すように見る。
「ずいぶんと修正が入ったんだな。ぐちゃぐちゃじゃねーか」
 図面のありとあらゆるところに設計変更を示す二重線が入っており、その数は優に100を超えていた。大山はジェットの 感想になんら言葉を返さない。ジェットは独り言のように続ける。
「さすがはゼロゼロナンバー最初の試作品ということか。テストしては直し、直してはテストして・・・」
 苦笑いを隠さない。だが大山はジェットの軽口に頬を緩めることも無く、「よく見てみろ」と言うだけだった。
「よくって言ってもヨォ」
 不平を漏らしながら、ジェットは再び図面を流し見る。が、その瞳がある一点、設計者の署名欄でピタリと止まった。
「これってブラウンの設計だったんだな」
「そうだ」
「オマエだけなんだろう?最初の設計が先生じゃないのは」
 大山は付け加えた。しかしジェット質問には答えず続けた。
「修正のほとんどは同じ時期にギルモア博士がしたもんなんだ・・・」
「やっと気付いたか」
「これってどういう意味なんだ?」
「それはな・・・」










 部品を受け取って、まっすぐギルモア邸に帰るつもりだった。だが大山からあんな話を聞いてしまっては 博士にどんな顔をして会えばいいのかわからなかった。
 ジェットは研究所近くの公園に立ち寄ってブランコに腰を下ろした。傾いた夕日が彼を茜く照らす。
 ブラウンが施した改造はひたすら性能だけを追い求めるものだった。図面を見れば一目でわかったと大山は彼に語った。  一方、ギルモアが行った大量の修正はジェットのエンジンが故障した場合や燃料切れを 想定しての設計変更だった。つまりエンジントラブルや燃料切れのときは自動的に補助エンジンが働くようにし、 想定外の条件下で使用した場合でも燃料が爆発させないような機構を設けた、いわば安全対策だったのだという。

 ジェットにも思い当たる節はあった。凍結される前に、ずいぶんと長時間に及ぶメンテナンスが入り、 以来戦闘訓練中のエンジントラブルによるの落下回数が驚くほどに減少した。


 大山の言葉を思い出す。


 俺は先生の設計のように、使う人のことを想って設計されたものに惹かれてな ・・・・







「使う人の為、か・・・・」




 ジェットは勢い良くブランコを漕いだ。
 辺りの風景は闇に滲み始めていた。





(fin)





あとがき

すべての関係者がもう少しだけユーザーの立場になってみたら、
あの事故は防げたんじゃないか

事が起きてから事情を良く知りもしないで批判まがいのことを書き連ねるのはフェアではないと思うのですが、 それでも、いやこんな機会だから日ごろ自分の思っていることを少しだけ・・・。

実はこの話、昨年10月に書き上げたもの。けれど、あまりにも思い込みが強すぎる話に仕上がってしまい、一旦はボツにしました。 日の目を見させるつもりは毛頭無かったのですが間が差しました。 半分は愚痴、半分は自戒の念をこめて。

東京の六本木で起きた痛ましい事故、同じ年頃の子供をもつ親としても、物づくりの現場で働く身としても どうしても無視できない話でした。犠牲者のご冥福を心よりお祈りいたします。

尚、本SSは東京で起きた回転ドアの事故をきっかけにアップした話ではありますが、 事故の原因が設計ミスあるいはコストダウンの結果だと意図しているわけではありません。 その点はご了解ください。

今回の事故の原因究明を切に願います。

(04年3月28日 初出)
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